●アンカーを上手に利用する

 筆者の友人で、ソフトバンクグループインターナショナルのCEOを務めるアレックス・クラベルは、交渉におけるアンカーの有用性を認識している。

「アンカーを積極的に利用し、交渉相手に対して、我々の『アンカー』が議論の基準になるべきだと納得させること」を、彼はチームに促している。このようなアンカリングが成功すれば、「相手との議論を、できるだけ自分たちの意向に基づいて進める」ことができ、望ましい結果が得られる可能性が高くなる。

 逆に、相手がこのようなアンカリングを使おうとした場合には、それに抵抗することが極めて重要だ。

 アレックスは最近、取引先のアンカーを排除することに成功した時のことを筆者に話してくれた。その会社の評価額はデューデリジェンスにより低下した。だが、相手は交渉の場で、5億ドルという当初の評価額に固執していたという。そこで、アレックスは取引先に対して、その数字はすでに意味がなく、交渉の基準にはなりえないことを認識させた。

 筆者も同じように、アンカーを使って交渉を有利に進めることがある。たとえば、交渉の場では、すでに相手に有利な条件で決着している契約内容の話から始める。そうすれば、相手側に「勝った」という意識が働き、未決定の問題についての交渉に移ると、譲歩してくれる可能性があるからだ。

 ピムコのマネジングディレクター、セシール・フェリー・デイビスが主張するように、「アンカリングは具体的な分析よりも取引の文脈で影響を与えることが多い」のである。

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 結局のところ、アンカリングという現象が示すのは、私たちは自分自身を合理的で論理的な存在だと考えているが、物事を推論しようとする時は、無関係の細かなことに多大な影響を受けている、ということだ。

 最善の解決策は、警戒心と謙虚さを併せ持ち、クリティカルシンキングのスキルを向上させることである。さもなければ、自分で認識しているかどうかにかかわらず、みずからのバイアスに引きずられ、アンカリングの犠牲になるかもしれない。


"Don't Let Anchoring Bias Weigh Down Your Judgment," HBR.org, August 30, 2022.