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ディスカウントショップで大幅に値下げされている商品を見て、つい衝動買いをしてしまった経験はないだろうか。少し考えてみれば、そもそも定価通りの価値があるのか、明確な根拠がないことに気づくだろう。これは「アンカリング」と呼ばれる認知バイアスの一つで、あらゆる意思決定に影響を及ぼすものだ。専門家であっても、その罠から逃れることは難しい。このバイアスにより、時に深刻で大きな代償を伴うリスクが高まる。本稿では、アンカリングの影響を受けずに、明確かつ十分な根拠に基づいて意思決定を行うための3つの戦略を紹介する。

深刻かつ大きな代償を伴うリスクを認識する

 娘とレストランに行くと、ほぼ毎回繰り返されることがある。筆者はメニューを開いて、選択肢に目を通し、それから子ども用のメニューに目をやる。たいていは子ども用も似たようなもので、大人と同じトマトソースパスタなどが並んでいる。しかし、子ども用メニューは通常、値段が安いので、心の中でこう思うのだ。「わあ、お得」

 しかし、少し考えてみると、実際には「お得」なわけではない。大人用メニューの値段を基準に判断したのであって、実際にリボン型のパスタに赤いソースをかけて提供されるメニューの値段と比べたわけではないからだ。

 筆者の誤った推論は、「アンカリング」と呼ばれる認知バイアスの産物だ。これはアンカリングバイアス、もしくはアンカリング効果とも呼ばれ、クリティカルシンキングを妨げる可能性がある。

 研究者らによれば、アンカリングとは人々が判断を下す際に、無関係だが容易に入手できる事実を頼りにすることだ。私たちの思考は、最初の印象や数字を重視しすぎるため、その後の考え方に影響が及ぼされる。筆者の場合、大人用メニューの価格がいわば「アンカー」(船の錨)となり、子ども用メニューの価値についての判断が形づくられたのだ。

 1970年代、心理学者のエイモス・トベルスキーとダニエル・カーネマンは、アンカリング効果の影響力を明らかにした。

 この画期的な研究では、まず実験参加者の前で0から100までの数字が書かれたルーレットを回し、その数字によって2つのグループに分けた。実際には10か65のいずれかの数字が示されるのだが、参加者はそのことを知らされず、ランダムな数字が割り当てられたことになっている。そのうえで、「国連でアフリカ諸国が占める割合」に関する質問を行うと、ルーレットで示された数字がアンカーとなり、それぞれのグループの回答に影響を及ぼすことがわかった。

 アンカリング効果は、アンカーと実際の判断の関連性がどれほど弱くても存在することが、研究によって示されている。ある研究では、「スポーツ選手の成績予測は、ユニフォームの番号に影響される」ことが明らかにされた。つまり、他の条件が同じであれば、ユニフォームの番号が適切な選手のほうが、脈絡のない背番号の選手よりも優れていると、人々は考えたのだ。

 アンカリングは、あらゆる意思決定に影響を及ぼす。専門家の判断に対してもだ。特に、金融の世界に対する影響はこれまで考えられていたよりもはるかに広く、株式市場のパフォーマンスに大きく影響していることが、最近の研究で明らかになっている。

 ゲント大学の研究チームが主導した研究では、投資家は株価が高い企業ほど高く評価することが示された。株式数やコーポレートガバナンスの問題などの要因をコントロールしても、結果は同様だった。

 つまり、2つの企業の財務内容が同じで、X社の株式数がY社より少なく、Y社よりも株価が高い場合、X社の株式はY社より長期的に売れるということになる。なぜか。それは、アンカーとなる株価が、その企業の知覚価値を高めているからである。

 アンカリングは深刻で大きな代償を伴う誤りにつながるおそれがある。一方で、バイアスを上手に利用する方法もある。本稿では、自分の思考がアンカリングの影響を受けることなく、明確かつ十分な根拠に基づいて意思決定を行うための3つの戦略を紹介する。