●バイアスを回避するための調査を行う
筆者は以前、フランスのバイク用ヘルメットの高級ブランド、シャークのコンサルティングをしていたことがある。同社は当時、生産ラインをポルトガルからタイに移すかどうかを検討していた。一見、移設はビジネスとして理にかなっているように見えた。何と言っても、タイは一般的に生産コストが安いからだ。
しかし、筆者のチームは、アンカリングの問題があることに気づいた。シャークのチームは標準的なヘルメットの生産コストについて考えていたが、同社の製品はカスタマイズのヘルメットが主流だ。つまり、シャークのチームが判断の拠り所にしていたのは、それぞれのヘルメットをカスタマイズするコストではなく、1種類のヘルメットの生産コストだったのだ。
そこで筆者らは、さまざまなカテゴリーのヘルメットの正確な生産コストを算出した。その結果、実際には製品の70%以上をポルトガルで生産し続けたほうがよいことがわかった。
シャークで起きたようなアンカリングは、情報不足もしくは誤った情報の結果であることがほとんどだ。人間の脳は往々にして、古い情報や無関係な情報に縛られ、物事を正しく見ることができない。
企業が予算計画を策定する際に、新しい目でコストを評価する「ゼロベース予算」(ZBB)を筆者が勧めるのは、そのためだ。ゼロベース予算の策定プロセスでは、企業は過去の計画や実績を取り払い、すべての経常的経費について新たに正当化しなければならない。このプロセスでは、企業はこれまでのアンカーを捨て去り、コスト削減と成長のための新たな機会を見出すことが求められる。これは特に、現在のサプライチェーンの問題やインフレ対策にも関わってくるだろう。
外部の力を借りることができない場合もあるかもしれないが、さらなる調査をすることは常にできる。
ある数字や情報がアンカーになっているのではないかと疑念を持った場合、他の情報源を調べて反証したり、確認したりする。そのアンカーにまだ触れていない同僚から、意見を集めるのもよいだろう。また、アンカーの関連性あるいは関連性の欠如について教えてくれる専門家に意見を求めることもできる。