●企業が加害者と密接な関係にある場合、より強く反応する

 まず、侵害行為を行った主体と企業との関係性に、ある程度距離があるように見える場合、その企業が侵害に関与したと参加者が感じる可能性は非常に低いものだった。たとえば、加害者がサプライヤーの場合は、加害者が子会社の場合と比べて、人権侵害に関与していると判断する人の割合が7パーセンテージポイント低かった。

 この傾向は、加害者が政府機関である場合、さらに顕著になった。たとえば、国家権力が抗議行動を暴力的に弾圧するなど、それが企業にとって都合のよい形の人権侵害だった場合は、企業の子会社が同様の違反行為を行った場合に比べて、企業が何か悪いことをしたと感じた人の割合は、10パーセンテージポイント低かった。

 また、ある企業が事業展開している国で起きている無関係の侵害に対して、沈黙を保っている場合には、その企業が人権侵害に関与していると見なした人の割合は、19パーセンテージポイント低いものだった。

 ●人権デューデリジェンスを実施している企業には寛容である

 次に、企業が人権デューデリジェンス、すなわち影響度評価を行い、負の影響に対処するための行動を起こし、その効果を監視するなどの努力をしている場合は、最終的に人権侵害を防ぐことができたかどうかにかかわらず、参加者は肯定的な反応をする可能性が高かった。

 企業が潜在的な人権侵害を特定し、事前に防ごうとした場合には、企業が潜在的な人権侵害を特定しようとさえしなかった場合に比べて、人権侵害に関与していると判断される可能性が15パーセンテージポイント低かった。どちらも、人権侵害がまだ起きていないにもかかわらず、だ。

 また、リスクを特定していても、その情報に基づいて行動しなかった場合、そもそも情報を求めなかった場合に比べて、その企業が侵害に関与していると判断される割合は7パーセンテージポイント高かった。

 言い換えれば、人権侵害のリスクを積極的に特定しようとすれば、企業イメージは向上するが、それは発見した侵害に対処する努力をした場合に限られる、ということである。

 ●人権侵害の種類によって反応は異なる

 さらに、米国人は、ある種の人権侵害に対して、より敏感に反応することも明らかになった。調査参加者は、企業が児童労働に関連している場合、人権侵害に関与していると見なす可能性が最も高いのに対して、パートナー企業が生活賃金をきちんと支払っていない、地域の土壌を汚染している、あるいは差別に関与している場合は、人権侵害に関与していると見なす可能性は低かった。

 興味深いことに、抗議者に対する暴力的な弾圧は、明らかに国民の基本的な公民権や政治的権利を侵害しているにもかかわらず、人権侵害に関与しているという認識に最も結びつかない行為の一つだった。また、明らかに文化的権利や先住民の権利を侵害しているにもかかわらず、聖地の破壊は、参加者が最も寛容だった人権侵害だった。

 ●企業の規模や業種は、ほとんど影響しない

 大企業であるほど高い基準が求められるように思われがちだが、筆者らの実験調査では、企業の規模は参加者の反応にほとんど影響を与えなかった。つまり、大きなコングロマリットと小さなスタートアップの間には、リソースや構造に歴然とした違いがあるにもかかわらず、参加者の判断にはほとんど差がなかったのだ。

 同様に、人権保護に関して定評または悪評のある業界の企業かどうかも、まったく関係がなかった。たとえば、再生可能エネルギー企業と石油採掘企業では、人権に関する実績が大きく異なるにもかかわらず、同じように人権侵害に関与していると判断された。

 ●地域の基準ではなく、個人の基準で判断している

 最後に、何が容認できる行為なのかに関して、調査参加者は地域ごとの見方に特に影響を受けていなかった。たとえば、ある地域社会では「特定の状況下における児童雇用は問題ないと考えている」と告げられた場合であっても、参加者の判断はさほど大きくは変わらなかった。