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企業が正しくないことを行うと「世論という法廷」によって裁きを受ける、という考え方がある。仮に人権侵害を行っている企業と関係していることが発覚した場合、世論によって自社の評価が低下し、収益にも影響が及ぶというメカニズムだ。そこでリーダーは、自社が受ける裁きに影響を与えうる要因について、注意深く考慮しなくてはならないと、筆者らは指摘する。人々の認識に影響を与える要素は数多く存在するため、「世論という法廷」は、企業に法的・倫理的基準に即した意思決定を促すメカニズムとして、必ずしも有効ではない。本稿では、実験調査の結果から、これらの要素がどのように機能するかを明らかにしたうえで、リーダーが何に注意を払うべきかを論じる。

企業行動と世論の間に存在する大きな乖離

 事業の妥当性を「ビジネスケース」、つまり事業投資の価値や利益に頼って判断することは、道徳上および実際上は不十分であることが認識されているにもかかわらず、多くの企業は依然として、倫理的問題よりも、むしろ最終利益がビジネス上のすべての意思決定の基準でなければならないかのように行動し続けている。

 特に一部のリーダーは、人権侵害を行っている可能性のある政府やビジネスパートナーと関係している企業に対して、「世論という法廷」によってレピュテーション(評判)コスト、ひいては金銭的コストが科されると主張する。このような金銭的動因は、暗黙のうちに、企業に人権を尊重させるための他のメカニズム、たとえば法的要件などの代用として扱われることがある。

 この主張の根底には、企業が人権侵害に関わると顧客や他のステークホルダーに罰せられるという考えがある。パートナー企業に対しては侵害行為をやめて、損害を補償するよう説得する、もしくは侵害行為を行うパートナー企業との関係を断ち、新たな取引を行わないというインセンティブが自然に働く、というものだ。

 それはもっともらしい考え方だが、筆者らの最近の実験調査によると、人権擁護に関していえば「世論という法廷」は、企業に法的・倫理的基準に即した意思決定を促すメカニズムとして、必ずしも有効ではない。

 人権侵害への関与を、一般の人々がどのように判断しているかを探るために、筆者らは米国の成人2420人を対象に、一連の架空の状況に対する反応について尋ねた。その結果、計1万2000以上の回答を得た(もちろん、米国人の見解を世界の見方とすることはできないが、今回の分析結果が、世界最大の市場の一つに関する重要な洞察を提供することに変わりはない)。

 実験調査に使用したシナリオはいずれも、広く認知されている国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」では「容認できない」と見なされるものである。しかし、調査参加者は40%の割合で、当該企業が人権侵害に関与していないと感じていることが明らかになった。その企業が人権侵害に関与していると人々が判断することと、企業の実際の行動との乖離は、どのようにして生まれるのだろうか。

 仮想シナリオの設計にあたっては、人々の認識に影響を与えると思われるさまざまな状況要因を想定した。たとえば、企業と加害者との関係性、人権侵害の種類、企業が人権デューデリジェンスを実施したかどうか、企業の規模や業種、地域社会がその行動を非難しているかどうか、などである。

 これらの要素が調査参加者の回答にどの程度影響するかを調査することにより、「世論という法廷」がどのように機能し、またはどのような点が不十分なのかを探ることができた。