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米国のイノベーションエコノミーが直面している重要課題の一つが、革新的な企業に対する特許侵害訴訟の増加である。問題は、広く休眠特許を買い占め、革新的な企業がそれらの特許を侵害していると主張する「パテント・トロール」の存在だ。被告側となった企業は、時間と資金を投じて対応せざるをえず、新規雇用や賃上げ、新製品開発の遅れを余儀なくされている。本稿では、問題の背景にある特許制度の不備や米国特許商標庁(USPTO)の体制を指摘し、イノベーションエコノミーを再び加速させるために、米国がいま何をすべきかを提言する。

訴訟対応でリソースが消耗し、技術革新が遅れる

 米国のジョー・バイデン政権と連邦議会は最近、戦略的重要性の高い産業を支援する一連の取り組みを行なっている。2022年8月に成立した「インフレ抑制法」(IRA)と「CHIPS法」(正式名称:CHIPS and Science Act)は、グリーンエネルギーの進歩と半導体の国内供給の増加に必要なリソースを提供するもので、どちらも長期的に重要な優先事項だ。

 しかし、あまり報道されることはないが、米国のイノベーションエコノミーが直面している重要課題がもう一つある。革新的な企業に対する特許侵害訴訟が増加しており、成功している多くの企業が、新規雇用や賃上げ、新製品開発の遅れを余儀なくされていることである。企業は価値のない告発から自己防衛するために、資金を投じざるをえない。

 このように特許権を乱用した訴訟を起こすのは多額の資産を有する投資家で、しばしば「パテント・トロール」と呼ばれる。彼らは多くの場合、米国特許商標庁(USPTO)がそもそも発行すべきでなかった広範な休眠特許を買い占める。そのうえで、それらの低品質な特許を他社が侵害していると主張して、訴訟を起こすのだ。特許権が主張されたからといって、その後、その特許が使用されることはない。

 米国のイノベーションに与える影響は甚大だ。ある研究によれば、パテント・トロールは毎年、攻撃相手の企業から290億ドルもの直接的な自己負担費用を引き出しているという。別の研究では、パテント・トロールと和解する、もしくは裁判で敗れた企業は、その後2年間にわたって、R&D投資が平均1億6000万ドル以上削減されることがわかった。

 つまり、経済を牽引している勤勉な人々の多額の資金が、何の商品もサービスも提供していない裕福な投資家に流れているのだ。

 この問題は、再生可能エネルギー分野のように、製品が何百、あるいは何千もの特許に依存している業界の進歩にとって、特に脅威となっている。二酸化炭素排出量を抑制するためにも、また、今後数十年にわたって再生可能エネルギーが技術革新と戦略的優位性の中心になりうることからも、グリーンテクノロジー分野において米国がリーダーシップを発揮することは極めて重要だ。

 この分野の重要性をUSPTOは認識しており、現在実施されている気候変動緩和パイロットプログラムは、この分野の研究開発を促進するものだ。

 にもかかわらず、最先端技術を創出している自動車メーカーなどの企業は、常にパテント・トロールとの戦いを強いられている。そのためにリソースを消耗し、技術革新に遅れが生じる事態に陥っているのだ。パテント・トロールがグリーンエネルギーの進展を遅らせることは、大きな間違いである。