── あなたは著書The Messengerで、2020年は落ち目のバイオベンチャーだったモデルナが、現在の成功を収めるまでの歩みを追っています。モデルナは今後どこへ向かって行くのでしょう。新たな製品も開発しているのでしょうか。

 モデルナは従業員が4倍に増えて、莫大な売上げと利益を計上しています。2020年までは市販されている製品が一つもなく、株価は下がるか停滞していた会社にとっては、とてつもない変化です。2022年秋には、オミクロン株に効果が高いとされるブースターワクチンを数千万回分出荷する準備を進めていますが、新型コロナワクチン以外の開発動向については、まだ不透明な部分が多いと思います。

──The Messengerでは、しばらくすると社内に、新型コロナワクチンに囚われてしまったような感覚が広がったと書いていますね。一発屋のような存在になることをおそれて、他のプロジェクトを育てようと必死になっていると。

 モデルナの経営幹部は、コロナ禍にうんざりした気分になることもありました。特に変異株が次々に登場し、2020年に最初のワクチンを開発・製造した後、まだ新型コロナの仕事は終わっていないことを思い知らされた時はそうでした。

 今度は新しい変異株に合わせて、ブースターワクチンの改良に力を入れなくてはならなくなったのです。新型コロナワクチンに注力するということは、個別化がんワクチンなどの別のプロジェクトはひとまずストップする、あるいは延期するということです。

 ただ、最近は新型コロナウイルスによる危機的な状況も緩和してきました。ワクチンから得た利益で、R&Dに投資したり、研究者を増やしたり、研究分野を広げたりすることが可能になったからです。

 モデルナは今、感染症やがんや希少疾患の実験的な医薬品の開発に取り組んでいます。全部で数十件になると思われます。mRNA技術の次の課題の一つは、これまでよりも有効なインフルエンザワクチンを開発することでしょう。この研究が成功すれば、来年か再来年には上市できるかもしれません。サイトメガロウイルス(CMV、母子感染した新生児に先天性異常をもたらす場合がある)やRSウイルス(RSV、乳幼児や高齢者に有害となりうる)のワクチン開発も進めています。

──著書でも大きく取り上げていますが、モデルナは我が道を行く猛烈な企業文化で知られます。このようなスタートアップ文化は、規模の拡大や成功で変わったのでしょうか。

 会社が大きくなり、組織の階層が増えたことで、一般社員がスタートアップ文化の緊張にさらされることは少なくなったかもしれません。また、(新型コロナワクチンのような)画期的なことを成し遂げたプライドは長く残るでしょう。ただ、経営陣の入れ替わりが激しく、コロナ禍以降、トップ10のポジションの約半数が変わりました。

──コロナ禍でバイオテクノロジーや製薬業界は変わったのでしょうか?

 バイオ製薬業界のリーダーたちは、(政府からいままでにないような支援があったとはいえ)、前例のないスピードで有効なワクチンや治療薬を提供したことを誇らしげに語っています。それが業界全体を活気づけました。パンデミック対策で最も大きな利益をあげた企業はいま、それを元手に、R&Dに投資したり、将来のブレークスルーにつながるかもしれない取引を実現しています。

 しかし、まだ課題はあります。つい最近も、米議会が法外な薬価を引き下げる法案を可決して、製薬業界は大きな戦いに敗れたばかりです。たとえこの業界が今後も画期的な新薬を生み出し続けたとしても、その価格は社会にとって、そして業界の評判にとって、課題であり続けるでしょう。


"Moderna v. Pfizer: What the Patent Infringement Suit Means for Biotech," HBR.org, September 16, 2022.