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低金利時代が続いた結果、企業は資金調達コストの安さを武器に、M&A(企業の合併・買収)​を進めることでイノベーションを「アウトソーシング」してきた。社内でイノベーション能力を構築する努力を怠った結果、イノベーション能力を高めるには、より積極的な企業買収が必要となり、企業買収を進めれば進めるほど、社内にいる優秀な人材の離脱が避けられなくなる事態に陥っている。筆者は、このサイクルを「金融支配の罠」と呼び、警鐘を鳴らす。本稿では、長らく低金利時代が続いたことによる弊害と、イノベーションに必要なアイデアやインサイト自社の内部にあることをいかに認識すべきかを論じる。

イノベーションを「金融取引」に変えるリスク

 企業は、ここ10年以上にわたる前例のない低金利を受けて、イノベーションをM&A(企業の合併・買収)による「アウトソーシング」でまかなってきた。実に多くのCEOが、銀行や社外コンサルタントと戦略を練り、買収相手を決めるという安易な道に走り、社内にイノベーション能力を構築することを怠ってきたのだ。

 とりわけ、政策金利が低い時に経営幹部は社内イノベーションに関心を示さなくなる。低金利により資金調達コストが安く済むため「買収は簡単だ」と錯覚することが理由である。

 潤沢な資金が調達できれば、買収案件を実行に移すのが容易になり、それを正当化しやすくなるため、経営陣は社内のR&D部門を強化するのではなく、企業買収にすべてのエネルギーを注ぐようになる。

 だが、社内イノベーションを軽視すればするほど、より積極的な企業買収が必要になる。そして、自社のイノベーション能力を高めるために企業買収を進めると、社内にいる優秀なR&D人材を維持が難しくなる。彼らが、自社の文化はイノベーションを支えられないことに気づくからだ。

 筆者は、これを「金融支配の罠」と呼ぶ。なぜならば、このサイクルはイノベーションを「金融取引」に変えてしまうからである。

 たとえ好況期であっても、このサイクルは最終的に会社自体を破綻させるおそれがある。どれだけ時間や資金を費やしても、新たなイノベーションを持続的に生み出すことができないからだ。

 現在、低金利で安く資金調達できる時代が終焉を迎える中で、多くの企業が喫緊の課題として、戦略的ガバナンスに対する新たなアプローチを必要としている。この金融支配の罠から抜け出すには、企業はトップダウン型のM&Aをやめて、よりインクルーシブ(包摂的)でボトムアップ型のイノベーションに移行しなくてはならない。

 M&Aは、よりイノベーティブな組織になるための安価な方法に見えるが、イノベーションをもたらす最も重要な情報は、社内からもたらされる。つまり、自社の顧客やクライアント、サプライヤー、そしてテクノロジーに接している従業員から得られる情報だ。この理由から、有効なイノベーション戦略はインクルーシブであり、ボトムアップ型でなくてはならない。

 金融支配の罠は、この真実を無視している。そして、社外にイノベーションを求めることによって、社内でイノベーションを生み出す能力を弱めているのが現状だ。