筆者が金融支配の罠について説明すると、よく受ける質問がある。「取締役会はなぜ、その罠に陥るのを防げなかったのか」というものだ。

 実は、取締役会の独立といった善意の「ベストプラクティス」のために、取締役会のメンバーは戦略やイノベーションのプロセスから遠ざけられ、気づかぬうちに金融支配が優遇されてしまうことがあまりにも多い。取締役会のメンバーは、会社の業務に深く立ち入らないように促され、ネットワークの広さや社外の会社を紹介することで評価される。これらはいずれも将来の買収案件につながる可能性がある。

 また、取締役会の判断は、CEOがイノベーションの要請をどう位置づけるかによって左右される。なぜなら取締役会自体には、社内事情に関する知識がなく、罠にはまった経営幹部に異論を唱えたり、指導したりするためのボトムアップのつながりもないためだ。その結果、取締役会はたいていの場合、社内イノベーションを強化するように経営陣を後押しするのではなく、企業買収を促してしまう。

 利上げによい面があるとすれば、M&Aの魅力が薄れることだろう。それでも、企業は依然として金融支配の罠にはまらないように努力する必要があり、そのためには経営陣がボトムアップによる社内イノベーションの重要性を認識する必要がある。

 次のように自問してほしい。「私はどのくらいの頻度で、自社の垣根を越え、社外にイノベーションを求めているか」「社内のチームに対して、いま何を感じていて、何に挑戦するべきだと思うかを、どのくらいの頻度で尋ねているか」

 社内に意見を求めるよりも、社外に目を向ける頻度が高いほど、リスクは高まる。自社に変革をもたらしてくれるような、新たな大型買収案件を探したくなる気持ちは理解できる。だが、それは間違いであることが多い。自社に必要なアイデアやインサイトは、会社のことを内側から理解し、自社の顧客について直接知っている従業員からもたらされるものだ。


"The Perils of Innovation by Acquisition," HBR.org, September 21, 2022.