課題を克服する
DKサイロズには、乗り越えるべき課題がいくつかあった。まず、酪農家が新たなビジネスモデルに乗り気かどうかを確かめることである。農作物の栽培を行うことは、その社会的地位の低さゆえ、前向きに検討してもらえる保証はなかったのだ。
DKサイロズはフォーカスグループを通じて、収入が増え、乾季の安心感が高まれば、社会的地位の問題は克服可能であること、農作業によって牧場の経営が好転することをすぐに実証した。
2つ目の課題は、コーンサイレージが一般的でない熱帯地域では、特に酪農家にトウモロコシ栽培とサイレージに関する専門技術がなかったことだ。酪農家は当初、トウモロコシ栽培とコーンサイレージを成功させられるのは、大規模なインフラと専門人材を有する大規模牧場だけだと考えていた。DKサイロズは、多様な条件や場所に応じたパイロット計画を策定することで、トウモロコシ生産とコーンサイレージが技術的に実現可能であることを示し、それがいかに家畜の健康と酪農家の利益向上につながるかを立証していった。
3つ目の課題は、酪農家の資金不足だった。彼らにはトウモロコシの植え付け、収穫、サイレージのための機材が必要だ。DKサイロズは地元の銀行と協力して、酪農家が先行投資なしで機材を調達できるようなリースの仕組みを開発した。また、一部の酪農家は、融資を活用して機材を購入し、使用しない時には近隣に貸し出した。このような選択肢が生まれたことで、地元の機材販売業者の市場も拡大した。
最後に、DKサイロズは地域全体に散らばった何万人もの小規模酪農家を教育する、強固な知識伝達プロセスを構築する必要があった。バイエルは営業経費を使い、現地の販売業者が技術アドバイザーを雇用するコストを助成し、アドバイザーの派遣を含めたパッケージを酪農家に提供した。この技術アドバイザーはトウモロコシ栽培に適した土地選びや収穫のタイミングを酪農家にアドバイスし、コーンサイレージの準備に向けた研修を行った。
ウィンウィンの結末
新たなビジネスモデルは、すぐに酪農家へ恩恵をもたらした。コーンサイレージの生産と貯蔵は、乾季において家畜に牧草ロールを与える場合と比べて50~75%のコスト減となった。
また、サイレージは栄養価も高い。トウモロコシの穀粒にデンプンが濃縮されているため、牧草ロールよりもキログラム当たりのエネルギーが高いのだ。
コーンサイレージを食べている牛は、干ばつ期にも牛乳の生産量を維持できるため、酪農家はかつてのように生産量が50%ほど減少することを回避できるようになった。また、このような牛の乳は脂肪分が多いため、1リットル当たりの価格が高くなるという利点もあった。
さらに、健康な牛は出産率が高く、同じ土地でも1ヘクタール当たりで育てられる牛の数が2~3頭に増えたため、牛の群れの規模を拡大することも可能になった。
経済的な恩恵も大きい。25頭の牛を飼育している典型的な酪農家の場合、5カ月間の乾季の給餌コストが約7万6000ペソ(3800ドル)から約5万4000ペソ(2700ドル)に低下した。一方、牛乳生産量の向上によって、収入は12万ペソ(6000ドル)から20万ペソ(1万ドル)に増え、営業利益は1カ月当たり約2万ペソ(1000ドル)、5カ月で計10万ペソ(5000ドル)増加した。
DKサイロズの技術支援とバイエルのトウモロコシ種子や作物保護製品、そしてパートナー団体からの機械サービスを活用することで、小規模酪農家の牛乳生産量は増加した。おかげで彼らは、ホンジュラスでは乳製品ブランドのスーラ(ラクトーサ社)、コスタリカではドス・ピノス社、メキシコではネスレ社といった大規模加工業者にとって信頼できるサプライヤーとなることができた。
DKサイロズが酪農家とこれらの加工業者を結び付けたおかげで、生産者は1000キロ離れたサプライヤーから環境コストをかけて牛乳や粉ミルクを輸送する代わりに、地元産の牛乳を利用できるようになった。同時に、バイエルもトウモロコシの種子や作物保護製品の売上げを増加させた。さらに、高品質の牛乳を安価に、かつ大量に入手できる地元の牛乳産業も、「ウィン・ウィン・ウィン」のサイクルの一部に加わっている。そして、拡大した酪農業を支えるために、地元で多くの新規雇用が生まれた。
新たなアプローチは、すぐに順調に回り始めた。2016年から2022年にかけて、コーンサイレージの作付面積は1万ヘクタールから12万ヘクタール以上に増え、152%の複合成長率を記録した。いまではメキシコ南東部の8つの州とグアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカ、パナマ、ドミニカ共和国の4万2000の酪農家が参加している。
これらの酪農家が牧草ロールを購入する代わりに、地元産の飼料を使用することで節約できたコストは、2016年以降で計5億5000万ドル以上。牛乳の生産量の増加と品質の向上によって、2億ドル以上の増分利益を生み出してきた。
DKサイロズは目下、小規模酪農家向けに同じモデルを中南米全域に展開する準備を進めている。今後はより大規模に、アフリカやアジアに進出する可能性もある。
"Why Sharing Economic Growth with the Community is Good Business," HBR.org, October 25, 2022.