筆者の投資先企業の一つ、クロックワイズを例にとろう。同社のSaaSであるカレンダーツールは、多くの有名企業で使用されている。同社の企業アカウント1万5000件のリストをアルファベット順にたどるだけでも、エアテーブル、アサナ、アトラシアンなど、錚々たる企業の名が出てくる。クロックワイズは2022年、すでに4500万ドルの資金を調達し、カレンダーツールによって「集中して仕事に取り組める時間を200万時間もたらした」と報告している。

 個人で使用する場合、このカレンダーツールが、今後の活動予定やタイムボックス(作業にかける時間を定めて生産性を上げる)を推奨する。クロックワイズのマーケティング担当副社長であるフランシス・ラーキンによれば、このツールはユーザーのエネルギーのレベルに応じて、集中して仕事に取り組むのに適した時間を見つけてくれるという。また「ズーム疲れに対応する設定があり、会議が矢継ぎ早に2~3時間続いた後は、自動的に休憩が入るようになっています」と言う。

 しかしこのサービスの真価が発揮されるのは、企業全体で使用した時である。「時間は共通のリソースなので、組織全体で利用すれば、必ず最大のメリットが得られます」とラーキンは述べる。

 スケジュールに同僚を招待したり、自分のスケジュールに予定を書き込んだりするなど、組織内でこのサービスのユーザーが増えることは、ユーザーによるサービスへの「投資」でもあり、各ユーザーがより大きな可視性と柔軟性を手に入れることができる。クロックワイズは、以前なら不可能だった方法でスケジュールを同期させることによって、時間を生み出しているのである。使用すればするほど、商品がフック・モデルの各段階でますます習慣を形成し、離れがたいものになって価値が蓄積される。典型的なネットワーク効果である。

ボックス以上の何かを提供できれば
顧客は離れない

 サブスクリプションサービスは、これまで多くの失敗があったカテゴリーにも広がりつつある。

 毎朝飲むコーヒーのことを考えてみよう。コーヒー豆の配達サービスを始めると、しばらくの間は楽しめるかもしれない。だが、目新しさが薄れてくると、おそらく利用をやめることになる。そのようにして、これまで無数のコーヒーのサブスクリプション・ボックスが失敗してきたのである。

 サブスクリプションサービスは、単価や品質だけでは勝てない。送料を入れた価格は、ふだん買い物に行くスーパーのコーヒー豆より高いし、味も街角のサードウェーブコーヒーの店の豆と大差がない。そう利用者が気付いたら、サブスクリプションサービスに勝ち目はほぼない。

 しかし、コーヒーのサブスクリプションサービスが価格を超えた、ほかにはない独自の何かを提供できれば、顧客は離れないかもしれない。蓄積価値は、ほかより高い価格を正当化し、何度も利用する動機になる。

 ボトムレス・コーヒーを例にとろう。サブスクリプションを申し込むと、Wi-Fiが使えて超高性能な小型の量りが送られてくる。この量りの上にコーヒー豆を置いておくと、企業が「消費量を読み取り、ちょうどよいタイミングで顧客に代わって再注文する」仕組みになっている。

 ボトムレス・コーヒーのサブスクリプションサービスでは、顧客が新鮮なコーヒー豆を切らしてしまうことはない。注文するのを忘れてはいけないとか、送られる量が多すぎるとか少なすぎるとか、固定スケジュールの配達日まで待たなければならないということがなくなり、解約しない限り、必要な時に必要なものを入手することができる。

 必要な時に必要な分だけコーヒー豆を入手できれば、豆は古くならないし、ボトムレスのほうも消費量のデータを収集することにより、顧客の好みに合わせた配送ができるようになる。このようにして価値が蓄積されていくのである。

 たとえば、ある特定の焙煎コーヒー豆が短期間で消費されていたら、顧客はその豆を気に入っていると推測できる。次回の発送では、似た種類の豆を送ることが可能だ。そうすれば、新しい別の豆という目新しさで、「可変性という報酬」を顧客に提供できるし、顧客の嗜好から大きく外れない商品を確実に選ぶことができる。

 ボトムレスは、あらゆる種類の家庭用品に手を広げて、企業の都合ではなく顧客のスケジュールと好みに合わせて商品を送ることを計画している。顧客が使用することでサービスに価値が蓄積されるという手法によって、ボトムレスは、サブスクリプションサービス以外のサービスでは提供できないもの、つまり大規模なパーソナライゼーションを提供し、業界を根底から覆すことができるかもしれない。

 フック・モデルを最大限に活用すれば、サブスクリプションビジネスにおいて、解約の原因となるよくある落とし穴に陥らずに、顧客が生涯楽しめるサービスを構築することができるだろう。


"3 Reasons Subscription Services Fail," HBR.org, October 11, 2022.