シンプルで読みやすい財務情報の開示が企業に利益をもたらす
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サマリー:財務情報をシンプルかつわかりやすい文書で開示すると、投資家の意思決定に役立つのはもちろん、企業の収益向上にもつながることが明らかになっている。しかし多くの企業は、そのメリットをいまだに理解できていない... もっと見る。本稿では、財務関連の読みやすい文書と読みにくい文書がもたらす影響を比較したさまざまな研究結果を紹介し、最後にシンプルでわかりやすい文書を作成するためのポイントを紹介する。 閉じる

わかりやすい財務情報の開示が
収益向上につながる

 1990年代に米証券取引委員会(SEC)の委員長を務めたアーサー・レビットは、「プレイン・イングリッシュ」(平易な英語)を提唱し、財務情報の開示をシンプルにすることで、投資家はより多くの情報に基づいた意思決定ができると主張した。以来、それが企業の収益向上につながることが知られている。

 フォーム10-K(SECへの提出が義務付けられている企業の年次報告書)などの情報開示をシンプルかつわかりやすく行うことで、より多くの投資家を惹き付け、負債や株式のコストを削減し、さらには監査にかかる費用と時間を節約できることが研究から明らかになっている。

 コーネル大学教授で、会計学を担当するクリスティナ・レネカンプは、画期的な実験によって、企業のお粗末な文書がもたらす弊害を立証した。企業のプレスリリースの読者を対象にした実験で、文書の「処理流暢性」が低いと、企業は読み手を失う可能性があるという。処理流暢性とは、心理学や神経科学の分野で用いられる、読みやすさの尺度だ。

 レネカンプは実験参加者に、財務関連のプレスリリースを2つ評価してもらった。一つは清涼飲料水会社が実際に配信したリリースで、もう一つはSECの「プレイン・イングリッシュ・ハンドブック」が提唱するシンプルな表現を参考に編集したものだ。このハンドブックは、内容をわかりやすく伝えるための手引書で、現在、研究者が読みやすさを評価する際の基本となる原則を記している。

 レビットの下で発行されたこのハンドブックは、証券法規則421の要件を明確化したもので、1998年からすべての目論見書(2008年からはすべてのミューチュアルファンドの要約目論見書も含む)に、ハンドブックの原則を遵守するよう求めている。たとえば、「文章は短くする」「能動態に徹する」「具体的な言葉を探す」「定型的な表現は避ける」「専門用語は最小限にする」「複数の否定語を避ける」などである。

 レネカンプは実験で、ハンドブックの規格に基づく読みやすさの指標「フォグ・インデックス」を用い、企業が文章を読みやすくするだけで、読み手をより惹き付けることを証明した。彼女は、読みやすいリリースに対して読み手がどれだけ信頼を寄せるか測定した後、2012年に「開示文書の処理流暢性は、ヒューリスティック(発見的手法)として働き、文書の情報を信頼できるという投資家の確信につながる」と記している。

 その後の研究では、実際の市場において、複雑で読みにくい文書がもたらす弊害を定量化した。2017年、コーネル大学のビョン・ヒョン・ファンとサウスカロライナ大学のヒュー・ホイクワン・キムは、クローズドエンド型投資信託(CEF)の市場価格と純資産額を比較した。すると、年次報告書の読みやすさが標準偏差で1下がるだけで、市場価格が2.5%下がることがわかった。

「我々の分析によれば、(SECの基準で)1文当たりの誤字脱字の数が10パーセントポイント増えると、CEFは平均して2.7パーセントポイントも割安な価格で取引されることになる」と研究者らは記している。