では、これらの研究結果は小売業界にとってどのような意味があるのだろうか。
まず、自社の顧客が「みずからのパワーは相対的に小さい」と感じていると考えられる場合には、商品の幅広い選択肢を示すことが有効かもしれない(顧客がそう感じている理由としては「所得が少ない」「かなりの債務を抱えている」といった経済的な要因もあれば、「社内での地位がかなり低い」「自分が働いている業界の社会的地位が低い」といった職業上の要因もある。あるいは、周囲との年齢差や座っている座席の高さといった環境上の要因もあるだろう)。
ソーシャルメディアマーケティングにせよ、ウェブサイトにせよ、実店舗のディスプレイにせよ、1種類の商品を際立たせるのではなく、顧客に対して意図的にさまざまな選択肢があることを知らせることが有効だ。
たとえば、コンビニエンスストアの店長は、ウィンドウディスプレーで、アイスクリームの質の高さを強調したり、2つ分の値段で3種類のアイスクリームを味わえるセットを前面に押し出したりするよりも、いろいろな種類のアイスクリームを選べることに焦点を当てた方が得策かもしれない。
当然ながら、あまりにも多くの選択肢を提示すると、顧客は圧倒されて、途方に暮れかねない。しかし、筆者らの研究からは、少数の選択肢を用意すると、自分はあまりパワーを持っていないと感じている顧客に対して、商品の魅力をアピールできることが示唆されている。
一方、筆者らの研究では、自分がどれくらいパワーを持っているかという認識は変化しうるものであることもわかっている。その点を考えると、幅広い選択肢を提供することが不可能な場合では特に、顧客に対して、意図的に自律性の感覚を高める戦略を取ることが有効かもしれない。具体的には、顧客を勇気づけるようなメッセージを前面に押し出したり、カスタマイズの選択肢を提供したりするのがよい。そうすることによって、パワーの小さい顧客の多様な商品に対する欲求を低減するのが目的だ。
このようなアプローチは、すでに広く実践されている。ファストフードチェーン大手バーガーキングの有名なキャッチコピー「すべてあなたのお好み通りに」、そして化粧品大手ロレアルのキャッチコピー「あなたにはその価値があるから」はいずれも、顧客の自由と自律を強調するものといえる。これらのフレーズは、多様な商品を望む顧客の欲求を低減する効果を発揮している可能性が高い。
同様に、商品に自分の名前を入れたり、自分だけのデザインを採用したりするなど、カスタマイズの選択肢を提供することによっても、顧客が抱く自律性の感覚を高めることができる。そうすることで、商品の種類を多く用意しなくても、商品を魅力的なものにできるだろう。
言うまでもなく、このような取り組みは、マーケティング上の他の重要課題とバランスを図ることが欠かせない。たとえば、自社ブランドがシンプルさを売りにしている場合には、カスタマイズの選択肢や自律性を強調したキャッチフレーズが有効ではないかもしれない。
加えて、パワーの乏しさを感じている状態は固定的なものではなく、実にさまざまな要因によって変動する。そのため、小売業者にとって「顧客の意識はこうだ」と定義したり、顧客の意識に一貫して影響を与え続けたりすることは、時として容易でない。
それでも、筆者らの研究が示唆しているように、顧客の多くが「パワーが乏しい」と感じるようになる景気後退局面では特に、幅広い商品の選択肢を示したり、顧客の自律性の感覚を高めるための措置を積極的に講じたりすることによって、小売業者は大きな恩恵を得られる可能性があるだろう。
"Research: When Consumers Feel Less Powerful, They Seek More Variety," HBR.org, October 19, 2022.