従来の経済指標が労働市場の真の逼迫度をとらえきれないもう一つの理由は、欠員を補充できる労働者数の対象として、失業者数が適切ではない可能性があることだ。

 たとえば、求人に応募してくる人の多くはすでに別の仕事に就いている。だが標準的指標は、その点を考慮しない。もし、就業中の応募者がかなりの数に上るならば、標準的な指標は労働市場の逼迫を過大評価していることになる。実際、有効求職者に関するリンクトインのデータは、それを裏付けている。

 下図では、失業者数に対する求人倍率という、従来の測定方法による労働市場の逼迫度をグラフにした(緑のライン)。同時に、リンクトインの有効求人倍率のデータで算定した、より広範な測定方法による逼迫度もグラフにした(青のライン)。こちらの測定方法は有効求人数の微妙な差異を反映し、雇用主の採用への熱意の変動を考慮しながら、リンクトインのプラットフォーム上の有効求職者数に対する有効求人数に注目する。

 広範な視点から労働市場の逼迫を見ると、従来よりも総合的に労働市場の健全性を評価することができる。2022年10月時点のリンクトインの指標では、プラットフォーム上の有効求人倍率は約1.0倍である。つまり、米国の有効求職者1人につき1件の職があるということである。

 プラットフォーム上に直接提示された有効求人数を有効求職者数で除して算定したのが、リンクトインの示す労働市場の逼迫度である。

 この場合、有効求職者とは、ある月の求人に1回以上応募した登録者を指す。また有効求人数は、ある月の最終営業日の求人ポストのストックに、採用の熱意を表す指数を乗じて算定した。採用の熱意は、雇用主がどれくらい積極的に欠員を補充しようとしているかを測定したものである。

 それを定量化するうえで、スティーブン J. デービス、R. ジェイソン・フェイバーマン、ジョン・ホルティヴァンガー(DFH)が開発した方法をとった。重要な概念は、スラックのある労働市場では一般に、雇用主は労働者を雇用しやすく、さほど熱を入れなくても同程度の採用率を達成できるということである。

 この分析によると労働市場は、失業者数に対する求人倍率という従来の指標が示すほど、パンデミック期間に逼迫していなかったことになる。

 もし労働市場が見かけよりも逼迫していないとすれば、政策面ではどのような違いが出てくるのだろうか。

 労働市場のスラックの標準的な測定方法が、積極的に求職しているすべての人を把握していないとすれば、より小規模な金融引き締めが適切だろう。言い換えると、それほど急速に金利を上げる必要はないのである。

 インフレの抑制は、混雑した主要道路の運転によく似ている。ブレーキを強く踏みすぎると事故になるリスクが上がり、景気減速どころか景気後退になりかねない。筆者らの推定では、現在のところ、米国の労働市場はパンデミック前のベースラインよりも好調である。リンクトイン上の求人率も退職率も相変わらず高く、失業率は最も低いレベルにある。しかし、金融政策の効果は時間差で表れるものである。金融引き締めが需要の減少をもたらすまでには時間がかかる。

 FRBの引き締め政策がインフレに大きな影響を与えていないのは何ら不思議ではない。この極めて不安定な状況では、インフレの潜在的脅威の抑制と、金融環境の無秩序な引き締めの回避を両立させることが、決定的に重要になるだろう。


"The U.S. Labor Market Is Less Tight Than It Appears" HBR.org, November 07, 2022.