トヨタはなぜ北米市場でトップに立てたのか
Toshifumi Kitamura/AFP via Getty Images
サマリー:パンデミックをきっかけに起こったサプライチェーンの混乱の中でも、特に影響が大きかったのが自動車業界である。サプライチェーンの混乱からダメージを受けた企業も少なくないだろう。一方、トヨタ自動車はコロナ禍... もっと見るでも着実に業績を上げ、2021年の北米市場の売上げで、ゼネラルモーターズを抜きトップとなった。トヨタは、いかにしてサプライチェーンの混乱を乗り越えたのか。本稿では、トヨタがサプライヤーとどのような関係を構築し混乱を乗り越えてきたのか、北米トヨタの上級副社長らのコメントなどから、そのメカニズムを明らかにする。 閉じる

トヨタ生産方式が変化する環境に適応するメカニズム

 新型コロナウイルス感染症のパンデミックをきっかけに起こったサプライチェーンの混乱は、世界中の企業にとって大きな頭痛の種になった。特に影響が大きかったのが自動車産業だった。自動車業界においては、半導体などの部品類の不足が極めて深刻だった。

 これをきっかけに、「ジャスト・イン・タイム方式」や「リーン生産方式」はもう時代遅れだと考えた人が多かった。不測の事態に備えて部品類の在庫をさらに増やすアプローチ──言ってみれば、「ジャスト・イン・タイム」ならぬ、「ジャスト・イン・ケース」(もしもの場合に備える)の時代になった、というわけだ。

 ところが、「リーン」の考え方の草分けであるトヨタ自動車は、ほかの大半の自動車メーカーよりも好業績を上げ、2021年には北米市場での売上げがゼネラルモーターズ(GM)を抜いてトップとなった。

 多くの人は、トヨタがコロナ禍でも大量の自動車を生産し続けるのを目の当たりにして、同社が在庫を最小限に抑える原則と、プル型のサプライチェーンマネジメント(工程の上流から下流に対して通知するプッシュ型とは逆に、下流から上流に通知する)を放棄したに違いないと思い込んだ。しかし、実際は違った。コロナ禍でもトヨタが好業績を挙げたことで浮き彫りになったのは、トヨタ生産方式(TPS)のあまり知られていない側面が、同社の生産体制のレジリエンスを向上させ、混乱への対応力を高めているということだった。

「実は、TPSを採用していたからこそ、私たちはコロナ以前と同じように生産を続けられたのです」と、北米トヨタの上級副社長を務めるクリス・ニールセンは筆者に語った。ニールセンは、品質管理と需要・供給管理を監督しており、この2年間、数知れない混乱に対処してきた。

 本稿では、ニールセンと、トヨタプロダクションシステム・サポートセンター(TSSC)のジェイミー・ボニーニ理事長に聞いた話をもとに、TPSがこれまでどのように進化し、いま世界の変化にどのように適応し続けているかを明らかにしたい。

リーン生産方式は在庫ゼロを意味しない

 トヨタは、在庫管理に対して戦略的なアプローチを採っている。オペレーション面において、アプローチの柱を成す要素は3つある。一つは、需要の変化に柔軟に対処するためのバッファーの役割を果たすため、しかるべき場所に、戦略上適切な量の在庫を持っておくこと。もう一つは、サプライチェーンに混乱が生じるリスクを考慮して、最低限保持すべき安全在庫を確保すること。そして、残る一つは、リードタイムについて緻密に理解することである。

 しばしば指摘されているように、トヨタは2011年の東日本大震災から多くのことを学んだ。この震災の経験を通じて、どの部品が混乱の影響を受けやすく、どの部品を備蓄すべきかを知ったのである。ここでカギを握るのは、リードタイムをどのように在庫管理に反映するかという点だ。

 リードタイムとは、部品を発注してから、その部品が届くまでの時間のことである。一般に、原料の調達に要する時間、部品を製造するのに要する時間、そしてそれを輸送する時間が含まれる。

 東日本大震災の後、トヨタは、自動車用半導体の主要サプライヤーであるルネサスの那珂工場(茨城県・ひたちなか市)の復旧に深く関わった。工場の再建を支援する過程を通じてトヨタが学んだのは、半導体生産のプロセスが極めて脆弱であること、そして、世界の主要な半導体工場の多くが自然災害の影響を受けやすい地域に所在していることだった。

「自動車に搭載される半導体の数が増え、(生産プロセスが脆弱な半導体の数が増えたことで)自動車のシステムの脆弱性が高まっていることに伴い、リードタイムに関する考え方を変える必要があるとわかってきました。まず、半導体のリードタイムについて発想を転換すべきだと考えました」と、ニールセンは筆者に説明した。つまり、トヨタは、ほかの自動車メーカーより10年早く、半導体の在庫をさらに大幅に増やす必要があると気付いたのである。

 部品のリードタイムがどれくらいになり、どのような在庫プランが適切かは、工場の稼働率と操業パターンに影響される。

 ジャスト・イン・タイム方式のよく知られている実例として、ケンタッキー州ジョージタウンにあるトヨタの組立工場におけるシート設置のプロセスを挙げることができる。製造中の自動車の塗装が完了すると、1時間足らずの場所に所在しているシートのサプライヤーへ注文が届く。すると、サプライヤーは、しかるべきカラーとモデルのシートをつくり、正しい順番で組み立てラインに届ける。

 シートの設置は自動車の組み立てラインの終わり近くで行われるため、リードタイムは数時間となる。そこでトヨタは、組み立てラインのすぐそばに2時間分の在庫を確保するようにしている。

 一方、テキサス州サンアントニオの工場では当初、シートの設置は組み立てラインのかなり早い段階で行われていた。そのため、シートのサプライヤーはラインのすぐそばに控えていて、リードタイムは20分ほどに留まっていた。

 サンアントニオ工場ではシートのリードタイムが短かったため、ケンタッキー工場のような量の在庫を手元に確保することは、必要でもなければ、適切でもなかった。しかし、その後、組み立てラインのデザインが変更されると、在庫に関する要求も変わっていった。

 どれくらいの量の在庫を持つかは、ケースバイケースで大きく変わる。ジョージタウン工場では、13週間分のスチールコイルの在庫を持っている。これは、コイルにオーダーメイドの合金を使用していて、安定した供給体制が脅かされやすいと考えられるためだ。「TPSが在庫を持つことを否定しているという誤った印象を持っている人が多いようです。そのような見方は正しくありません」と、ニールセンは語った。

 在庫の量は季節によっても変わる。トヨタは、冬季に工場の部品在庫を増やし、1シフト分の在庫を持つようにしている。冬は吹雪やその他の悪天候により、どうしても輸送網が乱れやすいからだ。しかし、春になると、工場に確保する部品在庫の量を元に戻す。