
2022年の世界経済を振り返る
混乱と落胆に満ちた1年が終わろうとしている。そして、新たな1年も似たようなものになりそうだ。国際通貨基金(IMF)は10月に発表した世界経済見通しで、2023年も低成長に留まるとの見通しを示した。なかでも強調したのが、物価上昇と金融引き締め、ロシアのウクライナ侵攻、そして新型コロナウイルス感染症の影響(特に中国)の3つの問題だ。
そこでHBRは、3人の専門家に、2023年は経済の領域でどのようなことが起こるのか、そしてIMFの見通し発表から現在(2022年末)までに起きたことを聞いた。
話を聞いた専門家は、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)のミヒル・デサイ教授(金融論)、ハーバード大学のカレン・ダイナン教授(ピーターソン国際経済研究所シニアフェローでもある)、そして経済ジャーナリストで、ニュースレター『オーバーシュート』(The Overshoot)の著者であるマット・クライン。本誌は3人それぞれに同じ質問をした。回答は以下の通りである。
HBR:まず、インフレと金利について、2022年末の現在はどのような状況にあるのでしょうか。
デサイ:振り返れば、3月からようやく始まった利上げと、
インフレの急激な進行は落ち着きましたが、現在のインフレ率は持続可能なものではありません。持続可能なレベルを実現するためには、一般に考えられているよりも長期にわたり高金利を維持する必要があるでしょう。別の言い方をすると、2023年5月頃にはインフレ率は4~5%まで下がるでしょうが、当局目標の2~3%に戻すには、より長い時間と、より大きな痛みが伴います。米連邦準備理事会(FRB)の「デュアル・マンデート」すなわち、連銀法により課されている「物価の安定」と「完全雇用」(雇用の最大化)という金融政策運営の2つの法的使命をめぐる議論が再燃するでしょう。
ダイナン:インフレは、どう見ても非常に高い水準にあります。個人的に、トレンドは5%前後になると思いますが、これではFRBの物価目標よりもずっと高いし、過去40年を見ても最高水準です。物価上昇と、それに対するFRBの金融引き締めの結果、この1年で金利は急上昇しました。住宅ローン金利(新規借入れ)は、1年前の2倍以上の水準にあります。10月と11月には7%に達するなど、2000年代前半以来の高い水準です。
クライン:ここ数年の物価上昇は、コロナ禍と、ロシアのウクライナ侵攻が原因です。企業の生産能力の急変と、消費者が買いたい商品やサービスの急変が重なって、経済全体で供給過剰と供給不足が起きているのです。
幸い、こうした単発的要因によるインフレはおおむね収束に向かっているようです。おそらく経済全体のインフレは2022年夏にピークを迎えたでしょう。ただ、インフレ率の基調は2%前後から4~5%へと上昇したようです。
2023年の労働市場はどうなるでしょう。最近の一連のレイオフは、雇用喪失を伴わない「ソフトランディング」は無理だというサインなのでしょうか。
デサイ:2022年末の労働市場は依然として極めて力強く、今後の軟化は避けられないでしょう。問題は、その規模とペースです。
労働市場の軟化が、ゆっくりと、控えめなレベルで起こる可能性はあります。ただ、より大きな問題は、消費が落ち込む可能性です。消費者は、物価上昇と金利上昇、貯蓄率の低下、借入れの拡大、資産レベルの減少に直面しています。現時点では、個人消費は持ちこたえていますが、経済が減速すれば、消費者主導の景気後退が長期化するおそれがあります。もちろん企業の大幅な投資減少と、関連する雇用喪失もあるでしょう。しかも労働需要の減少は、ホワイトカラーを中心に起こります。したがって、失業率そのものは比較的健全な水準(4~5%)でも、景気低迷は長期化するかもしれないのです。
ダイナン:米国の労働市場の方向性については、極めて不透明です。一部企業のレイオフが報じられていますが、全体として雇用には力強い伸びが見られます。労働市場は依然として逼迫しており、失業者1人につき約1.7件の求人がある計算です。
こうしたことが賃金上昇圧力となり、物価を押し上げる要因にもなっています。FRBは、大量の雇用喪失を起こさないように、労働力の需給バランスを回復させれば、インフレが当局目標に落ち着くと期待しています。しかし歴史を振り返れば、それだけでは不十分です。賃金上昇圧力を抑えて、よけいな物価上昇を防ぐためには、失業率の大幅な上昇は避けられないでしょう。
クライン:インフレ率の基調は年2%から4~5%に上昇しました。これは賃金上昇ペースが、2020年までの長期的な上昇時よりも数%ポイント上回っているためです。
このことは基本的に3通りに解釈できます。
1. 異例のスピードで賃金上昇が起きているのは、極めて多くの人が転職したからであり、このサイクルは自然に収まるだろう。
2. 異例のスピードで賃金上昇が起きているのは、大量の求人と限られた求職者の間で、数のミスマッチが生じているからであり、企業に採用を控えるよう促せば、景気の大幅な悪化は避けられるかもしれない。
3. 異例のスピードで賃金上昇が起きているのは、あまりにも多くの人が無事採用され、転職は簡単だと安心しているからだ。したがって、大量の人が失業しなければ、インフレは収まらないだろう。
1と2の解釈は、「ソフトランディング」シナリオと一致します。
別の視点を紹介しましょう。2022年は毎週約25万人のアメリカ人が初めて失業保険を申請しましたが、毎月約650万人が雇用されました。この雇用規模と比べれば、最近発表されたレイオフなど豆粒のようなものです。
新型コロナとウクライナ戦争は、2023年の経済見通しにどのくらい大きな影響を与えるのでしょうか。
デサイ:いつの時代もそうですが、予期せぬ地政学イベントは、大きな不確定要素です。具体的には、中国が「ゼロコロナ政策」の廃止をうまく進められるかどうかと、エネルギー価格の高騰が欧州にどのような影響を与えるかは、今後も重大なリスクであり続けるでしょう。中国がうまく経済活動を再開できれば、サプライチェーンの混乱は軽減されますが、世界のコモディティとエネルギー需要は拡大しますから、インフレに対しては正反対の圧力が働くことになります。
ダイナン:新型コロナは経済活動に大きな影響を与えないと見ています。中国はゼロコロナ政策を縮小しはじめましたから、なおさらです。ただ、後遺症や、依然として存在する感染不安は、一部の労働者の職場復帰を妨げていますから、その意味では、新型コロナが引き続き経済動向に大きな影響を与えるでしょう。米国では、高齢者の労働参加率は、依然としてコロナ禍前の水準を大幅に下回っています。それが労働者不足につながり、賃金上昇につながっている側面もあるのです。
ウクライナ戦争も、引き続き世界経済の動向に大きな影響を与えるでしょう。なかでも重要なのは、ロシアの天然ガスの供給が絶たれたため、欧州でエネルギー危機が起きていることです。このため欧州の一部の国は景気後退局面に入ったとみられ、当事国だけでなく、その貿易相手国にも大きな影響を及ぼしています。
クライン:ワクチンのブースター接種をした人に、著しく危険な変異株が新たに出てこない限り、新型コロナは2023年の経済の主要要因にはならないでしょう。中国が2022年行ったロックダウン(都市封鎖)が世界経済に与えたインパクトは、驚くほどわずかでした。コモディティ価格の上昇圧力が縮小したことくらいです。2023年に経済活動の制約が解かれれば、コモディティ価格は上昇するでしょう。ただ、それは中国が経済活動の再開をどのように進めるか(そして、方針転換をするかどうか)に大きく左右されるでしょう。
ウクライナ戦争が世界経済に与えた影響は、おそらく2022年の夏ごろにピークを迎えていました。ロシアとウクライナ以外の国にとっては、ダメージはおおむね織り込み済みとなっています。ただ、今後、ポジティブなサプライズ(公正な和平合意)も、ネガティブなサプライズ(戦争の大幅なエスカレート)もあり得ます。