インフレは従業員の健康を悪化させる
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サマリー:インフレが長期化する中、医療費や薬代の高騰により従業員がみずからの健康に対する支出を抑えると、従業員の健康が脅かされるだけでなく、所属する企業にも悪影響が及ぶ。本稿では、従業員が福利厚生を十分に把握し... もっと見るていない実態などを明らかにし、雇用主が従業員の健康をサポートするために何をすべきかを論じる。 閉じる

インフレは健康に悪影響を与える

 米国では、2022年夏にインフレ率が40年ぶりの高水準に達し、人々は、いかに生活を切り詰めるかという難しい決断に直面した。そして、残念ながら、多くが自分の健康を犠牲にして、医療費を減らした。

 2022年6月の非営利団体ウェストヘルスとギャラップの調査によると、米国の成人の38%(約1億人)が医療費の高騰により治療を延期したり、車の運転や光熱費、食費を切り詰めたり、医療費をまかなうために借金をしたりした。

 3700万人の糖尿病患者と、1億1600万人の高血圧患者、その他の多くの慢性疾患を持つ人たちにとって、診察や医薬品の処方を延期することは生命を脅かす可能性がある。病気や、病気が疑われる自覚症状がない健康な時にとられる「健康行動」に対して、インフレが与える影響にはさまざまなものがある。雇用主がその影響に気付き、物価上昇が続くなかでも従業員が必要なケアを受けられる方法を見つけることが不可欠だ。

健康行動は経済状態に左右される

 経済状態が厳しい時、医療は削減可能な贅沢と見なされているのか。健康に大きな影響を与える栄養や運動はどうか。医療と健康行動が人々の生活に与える影響を考える時は、さまざまな要因を考慮に入れる必要があるが、経済的なストレスや精神状態が健康に直接的な影響を与えることは間違いない。

 究極的には、人々が健康行動や医療にどのような優先順位をつけるかは、薬代や通院費、ジムの会費、健康的な食品の価格に左右されることになる。交通費や住居費といった日常的な必要経費が増えるなか、健康維持に使える経済的な余力はあまり残らない。また、収入の目減り分を補うために副業を始めると、必然的に労働時間が増えて、健康維持に割ける時間は減り、ストレスレベルは上昇しがちだ。実際、米国心理学会(APA)が毎年行っている「米国におけるストレス調査」では、インフレが大きなストレス要因になっていると答えた人は87%に上った。

 経済的な負担の増加により、基本的なニーズが脅かされ、闘争・逃走反応が引き起こされた場合、その行動による影響を考えることが重要になる。経済状態に対して常にストレスを感じていて、必需品の支払いに苦しんでいると、健康的なライフスタイルを選択したり、予防医療にアクセスしたりすることを考えるエネルギーが失われ、生活の重要な側面にも影響が及ぶ可能性が高まる。

医療費高騰の代償

 非営利研究機関インテグレーテッド・ベネフィット・インスティテュート(IBI)の調査によると、2019年には病気に起因する生産性の損失によって、雇用者に5750億ドルの損害を与えた。医療給付に費やされた約9500億ドルに対して、1ドルあたり約0.61ドルが病気や怪我によって失われているという。企業は業績や生産性や従業員のウェルビーイングのためにも、従業員の健康を一貫してサポートする必要があるのだ。

 全米経済研究所(NBER)は2021年2月、処方薬が10ドル高くなると、人々の健康にどのような影響がもたらされるかを調べた。すると、医薬品の値上げは、まさに生死を分ける問題であることがわかった。10ドルの値上げ後、死亡数は33%も増加したのだ。心臓病や高血圧、喘息、糖尿病などを患う人たちが、高額な投薬治療を控えたためだ。

 この研究は、インフレが死亡率に大きな影響を及ぼす可能性を示している。インフレ時には、処方薬のコストが数百あるいは数千パーセンテージポイントも急上昇することがある。インフレ時は薬の購入が難しくなるため、予期せぬ物価上昇により命を落とす人がいることは明らかだ。