顧客の「不確実性ストレス」を軽減する
インフレが急速に進行している間は、頻繁に価格変動が起こり、相対価格に歪みが生じるため、あらゆるものの価値がわかりにくくなる。日常的な買物が複雑になり、精神的にも感情的にも負担が大きくなる。インフレによる不確実性が与えるストレスは、顧客に重くのしかかり、そこにコロナ禍、ウクライナ戦争、不況への不安といった不確実性も加わり、いっそう悪化している。経営者として高インフレに対処するには、顧客の不確実性のストレスを軽減する方法を見つけることが必要だ。その方法として、価格保証や物価スライドなどがよく用いられる。
たとえば、企業は分割払い決済の導入で、将来起こりうる変動をある程度吸収することができる。これは、インフレが進行したイスラエルにおいて、さまざまカテゴリーの小売店で実施された。実際、インフレ前に100シェケルで売られていたギターが、インフレ時の広告では「100シェケルの5回払い」で販売されている。
顧客にとっては、懐事情が厳しくても、今後価値が下がるシェケルで支払いを済ませ、すぐに商品を手にできるというメリットがある。企業には、経済的な存続と利益を一定程度支えながら、顧客とともにハイパーインフレのリスクと負担を分かち合えるというメリットがある。同様に、インフレに見舞われているアルゼンチンでも、家具、衣類、台所用品、ゲーム機など、さまざまなカテゴリーの販売者が商品を分割払いで購入できるようにして顧客を引き付けている。
物価スライドは、インフレ率に応じて契約金額が自動的に調整される仕組みだ。イスラエル、ドイツ、アルゼンチンのB2B企業は、この方法で暴走するインフレに対処し、物価変動の影響を軽減した。ハイパーインフレ時に、契約金額を自国の消費者物価指数(CPI)や生産者物価指数(PPI)など、確立された指標に連動させたのだ。
同様の契約は、商品コストや投入コストが変動する商品の売買を行う企業でも行われており、特定の商品または投入物に連動した指数が設定されている。顧客がインフレによって受ける影響に着目し、インフレ下での買物という日常的な課題の解決に貢献することが、自社の差別化につながるのである。
「ステルス値上げ」「便乗値上げ」などが
もたらす社会不安を抑える
インフレは企業や顧客だけの問題ではなく、社会的な問題である。経済の仕組みに対する人々の不満を高め、「交換」の構造に悪影響を与える。特に高インフレ下では、顧客の知らないうちに商品の内容量が減らされる「ステルス値上げ」(シュリンクフレーション)や、企業が顧客と負担を分かち合うことなく、情報や顧客の疲弊を利用して利益を上げる「便乗値上げ」(グリードフレーション)に対して、顧客が疑念を抱くようになった。どちらも、消費者に価格を判断材料にすることを困難にし、企業や市場に対する信頼を失わせる、いわゆる「インフレ疑心暗鬼」(ダウトフレーション)を助長している。
高インフレの時代、経営者には、みずからのビジネス判断の信頼性を高め、ステークホルダーやコミュニティとの信頼関係を強化する責任がある。そのためには、従業員、サプライチェーンのパートナー、顧客とリスクを共有し、人間関係を重視し、協力関係を築くことが欠かせない。
たとえば、ベネズエラのある小売企業は、従業員が自社の店舗で食品を割引価格で購入できるようにするなど、必需品に対する補助を行い、ハイパーインフレの負担を従業員と分かち合った成功例がある。食料品の小売価格が高騰している中、従業員にとっては生活費の大きな節約となり、会社にとっては仕入れ値レベルの負担で提供できるため、効率的だった。同社はまた、会社の財務状況や戦略、価格や賃金の調整の基準となるインフレ率などの情報を、毎週従業員に提供することで信頼感を高めていた。
もう一つの例として、米国のある医療用品メーカーは、コロナ禍やインフレのコストを転嫁すると診療所や病院に負担がかかると考え、値決めのプロセスを抜本的に見直し、医療機関への値上げを抑え、「医療の提供」を可能にした。できる限り医療提供のリスクがないところへの値上げ幅を大きくしてコストの変化分を転嫁し、極端なコスト上昇をともに乗り切った。
同様に、イスラエルのファラフェル(豆コロッケ)屋は、ファラフェルを高級品ではなく、屋台の食べ物として販売し続けるために、コスト上昇分すべてを転嫁せず、短期的に損失を飲み込むことを選んだ。すべての企業がこの戦略を取れるわけではないが、信頼を高め、将来のビジネスを確固としたものにする強力な長期的戦略になりうる。
B2Bでも消費財でも、サプライヤー、顧客、地域社会、政府とのパートナーシップの取り組みを強化し、協力してインフレに対処する企業が増えている。イスラエルでは、急速なインフレを克服するために、企業が労働組合や政府と連携し、インフレスパイラルを止める方法として、3カ月間の価格と賃金の凍結を約束した。これにより、イスラエルでは数カ月でインフレが解消された。
プロセスの簡素化、顧客ニーズの変化、社会のリスクを軸に価格戦略を打ち立て、実行すれば、企業は最も困難なインフレの時代でも生き残り、繁栄することができるのだ。
"3 Lessons from Hyperinflationary Periods," HBR.org, November 30, 2022.