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生成系AIを活用し、個々の傾向や世界観にあった形でメッセージを届ける
目標や見解を大量のエビデンスとともに明確に伝えるだけでは、他者の思考と行動を変容させることはできない。これは気候変動やワクチンといった国家的問題において最も顕著だが、企業内の課題にも当てはまる。リーダーは、何がオーディエンス(メッセージの受け手)を突き動かすのか理解も説明もできず、彼らの内なる傾向と世界観にみずからのコミュニケーションを合わせることをしない。
あらゆる問題や状況、方針や意思決定に対してどう反応するかについては、私たち一人ひとりが生まれつきの傾向を持っている。白紙の状態から合理性に基づいて反応するわけではけっしてない。筆者が所属するオグルヴィ行動科学センターでは、性格特性、認知スタイル、アイデンティティと結びついた世界観が相互に複雑に絡み合ったこの個々人の傾向を「隠れたWho」と呼ぶ。
どれほど論理的で巧妙に見えるメッセージでも、言葉選びが間違っていたり、フレーミングが不適切だったりすれば、瞬時に亀裂を生みかねない。反対に、言葉が適切であれば、メッセージは鍵穴に鍵を入れたようにぴたりと通じる。行動科学の研究では、 変容を促す試みはたとえ逆効果になるような場合でも、
マーケターやコミュニケーション戦略担当者は、オーディエンスをセグメント化する計画を常に実施するが、それらが「隠れたWho」の解読に基づいていることはめったにない。たしかに、この視点をすべてのコミュニケーションに適用するのは難しい。
しかし、新たなテクノロジーがその助けになるかもしれない。とりわけ、オープンAIが提供するチャットGPTのような人工知能ツールは、共感を呼ぶための極めて有能なアシスタントになれる。筆者の実験では、チャットGPTはオーディエンスに合わせて最適化し、個々のグループの心に響きやすく、衝突を生みにくいコミュニケーションを作成できることが判明した。
特に驚かされたのは、行動科学における判断や行動を促すきっかけになるよう、コミュニケーションを作成する能力であり、特定の性格特性や世界観などに驚くほど適したメッセージをつくり上げることだ。
CEOやリーダーやマネジャーは、定期的に自分の計画、戦略、施策、改革や変革のビジョンを伝える必要があるが、一般に広く通じる最小公倍数的なメッセージに頼る。チャットGPTはそうではなく、オーディエンスやオーディエンス層に合わせてコミュニケーションを最適化できるのだ。
個々のオーディエンスグループが持つ世界観や内なる気質といった目に見えない要素は、メッセージや介入の受け取り方に影響する。それらの見えない要素に基づいて、グループごとに差別化されたメッセージを書くようチャットGPTのようなAIに指示すると、役に立ってくれる。
また、メッセージの伝え方をじっくり考えるための参考になる会話のシミュレーション、特定のオーディエンスに合わせた例えや類推の生成、コミュニケーションの草案の執筆などもでき、それらを個人やグループの特性に合わせてカスタマイズできる。対象のオーディエンスそれぞれに適合するアダプターが揃った道具箱がある、と考えればよい。
「隠れたWho」とは何か
個々人に関する理解を深めるには、人口統計のような大雑把な指標以上のものが求められる。行動科学者は何十年にもわたり、まさにそれを追求してきた。以下に、検討対象の人々を読み解くための方法をいくつか紹介する。リーチして説得したいオーディエンスがどれに当てはまるのか、方法を試してみるのが理想的だ。それが不可能な場合でも、万人に向けた単一のありふれたメッセージに比べ、対象となる各グループの心に響きやすいメッセージをつくることができる。
ルーズな文化か、タイトな文化か
行動科学者ミシェル・ゲルファンドの研究によれば、企業にはサブカルチャーとして、ルーズ(寛容)な文化、タイト(厳格)な文化、またはそれらが混在した文化が存在する。タイトな文化では、認識されている規範は明確で、そこからの逸脱に対する許容度は低い。ルーズな文化では、あらゆる人々、価値観、行動様式が許容または尊重される。ルーズな文化の中での話し方と、タイトな文化の中での話し方は大きく変える必要がある。
心理的資本
「サイキャップ」(psy-cap:psychological capitalの省略形)とも呼ばれる心理的資本は、H.E.R.O.という4つの柱で構成される。希望(hope)、自己効力感(efficacy)、レジリエンス(resilience)、楽観性(optimism)だ。
従業員たちの中には各要素に強弱があり、それが態度と行動に強く影響する。たとえば、希望のレベルが非常に高く、自己効力感が非常に低い文化では、従業員は成功できると信じたい一方で、成功する能力を疑っている。
フレーミング
フレーミングとは、ある選択がどのように説明されるかを意味する。行動科学者によれば、私たちは2つの選択肢のどちらかを選ぶというより、それらの選択肢がどのように説明されるかで選ぶものを決めるという。
「ゲインフレーム」は、何かを実行すれば好ましい結果になるという可能性を提示する。「ロスフレーム」は、何かを実行しなければ悪い結果になると警告する。研究では、目標に対する関心やアプローチの態度、傾向を指す「個人の制御焦点」と、どちらのフレーミングのほうが説得力が強いか、という点において相関関係が示されている。
制御焦点
すべての人間は生まれつき、促進焦点か予防焦点のどちらかに偏っている。促進焦点の持ち主は成功を求めて行動し、失敗を厭わず、ゲインフレームによって突き動かされる傾向がある。一方、予防焦点を持つ従業員は損失を回避するために行動し、不確実性に直面すると、既知の物事に固執したがる。これらの人々はロスフレームに反応する傾向がある。企業文化もまた、促進か予防のどちらかに偏ることがある。
統制の所在
人は、自分の人生をどれほど自分でコントロールできると考えるかに応じて行動する。チャンス、運命、幸運、神やその他の力強い何者かによって、自分の人生における結果がコントロールされると考える人は、外的統制型と言える。
一方、すべての結果は主に自分の行動と選択に基づくと考える人は、内的統制型だ。外的統制型の人に行動のための動機付けを行うには、相手の自己主体感の欠如に対処しなければならない。
性格特性
性格特性の科学は、さまざまな文化圏で数十年にわたり、査読付き論文などによる研究を経てきた。この分野では人間の性格を5つの異なる要素に分解する。経験に対する開放性、勤勉性、外向性、協調性、情緒安定性だ。
協調性が非常に低いことがわかっている相手に対しては、その人の生来の懐疑的で無愛想な態度を考慮して対応するとよい。開放性が極めて低い人に対しては、刺激的な新しい体験について語ることによる動機付けはやめておこう。
世界観
現在進行中の文化戦争や党派性の激化を見ればわかるように、メッセージの内容よりも、誰がそのメッセージを発したかのほうが常に重視される。個人が生まれ育った文化的環境によって形成される心理的要素である「文化的認知」は、アイデンティティに結びついたグループ内の世界観を理解するうえで便利なフレームワークだ。ここでは個人やグループを、特定の世界観に基づいて2×2の象限図にマッピングする。階層的か平等主義的か、個人主義者か共同体主義者か、である。結果として示される以下のアイデンティティには、馴染みがあるはずだ。
・階層的な個人主義者は、自由市場と容赦のない競争を信奉し、みずからが信じる過去のよりシンプルで明確な伝統と社会的価値観を大事にする。
・平等主義的な共同体主義者は、市場が人々を搾取し環境を破壊すると感じている。公共の利益を優先し、格差の解消に意欲的である。
・階層的な共同体主義者は、権威と伝統への服従を重んじ、個人よりも集団全体を優先する(軍隊の精神を考えればよい)。
・平等主義的な個人主義者は、自分の個人的自由を大事にするリバタリアンだ。外部からの命令や介入に反抗し、「互いに干渉せず」のアプローチを信じる。