対峙すべき相手は米当局だけではない
もう一つ、政治的な駆け引きが必要な局面がある。欧州はいまやテクノロジー業界にとって最も重要な規制当局になっている。バイデン大統領が1月に『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙に寄稿した論説で述べているように、米国は情報経済を強力にリードしているにもかかわらず、主要なプレーヤーに対する規制では後れを取っている。対照的に、EUはこの20年間で独占禁止法の範囲と執行を大幅に拡大しており、主に米国を拠点とするIT企業を射程圏内に置いている。デジタル市場法(DMA)やデジタルサービス法(DSA)などの強硬な新しい法律もその一環だ。合併や買収の審査もより厳しく、最近では英国の独占禁止法当局がメタ・プラットフォームズに対し、2020年に買収したVR関連のスタートアップの売却を迫っている。
FTCがマイクロソフトに対し、アクティビジョンの買収に関する訴訟を米連邦裁判所ではなくFTCの行政法判事に付した理由も、規制面でEUがリーダーシップを取っていることにあるだろう。欧州委員会は4月下旬には、この買収を阻止するかどうか最終判断を下す。FTCがそれを意識してまず行政裁判にかけたことは、買収に対する米国の姿勢を示しつつ、最終的に連邦裁判所でとことん争うかどうかを明言しないで済む。EUや英国が訴訟に打って出れば、米国が単独で挑むより、ディールを中止させる(あるいは当事者からさらに譲歩を引き出す)ことができる可能性ははるかに高くなる。
バイデン大統領と反トラスト法当局の高官は情報経済をできることならみずから規制したいところだろうが、米議会の無為無策に直面したいま、欧州の高い行動力の恩恵に喜んであずかりたいと思っている。米政権および規制当局はさらに、米国の法律に基づき反トラスト法の権限を共有する州政府とも、不本意ではあるが緊密に連携している。グーグルの検索市場の独占をめぐる裁判のように、米連邦政府が州の規制当局と連携して訴訟を起こすケースもある。一方で、フェイスブックによるインスタグラムとワッツアップの買収を阻止できなかった件も含めて、州が独自に動く場合もある。
難所を切り抜ける
バイデン政権は明らかに、市場に競合する企業が増え、一極集中にならないことを目指している。とりわけテクノロジー市場に注目しているとはいえ、分野はテクノロジーに限らない。政権が任命した規制当局者は、大きすぎると判断した企業を解体し、買収による成長戦略を抑制したいと考えている。
その目標を達成するために規制当局は主導権を握ろうとするだろうし、結果的にディールのプロセスを簡素化することにつながるだろう。とはいえ、米議会が行動を起こし、ほかの国々の規制当局が後退しない限り(どちらも、まず起こらないだろう)、反トラスト法の世界は議員、ディールの当事者である企業など、競合する規制当局の3者間で微妙かつ矛盾したシグナルが交わされる、複雑な世界のままだろう。
このような現実を踏まえ、ディールを成立させたい企業には5つの必須ルールがある。