
反トラスト法の新たなパラダイム構築で駆け引き
米連邦政府はこの数カ月で2件、反トラスト法(独占禁止法)違反で大きな訴訟を起こしている。マイクロソフトによる米ゲーム開発大手アクティビジョン・ブリザードの買収を阻止しようという裁判と、グーグルにネット広告事業の一部を売却させることを見据えた裁判だ。米連邦取引委員会(FTC)はメタ・プラットフォームズによるバーチャルリアリティの新興企業の買収こそ阻止できなかったものの、ネット検索に関する反トラスト法違反でグーグルをすでに提訴している。州レベルでも複数の訴訟が進行中だ。さらに、FTCがアマゾン・ドットコムを反トラスト法違反で提訴する準備を進めていると報じられるなど、テクノロジー大手を標的にした「狩猟シーズン」が本格化しているようだ。
ただ、大手テック企業を支配下に置くことが目的ならば、少なくとも表面上は、反トラスト法は問題のある武器だろう。反トラスト法規制当局は、提訴しても実際に法廷での争いに至らないケースが多い。その理由は、競争優位を生み出すための消費者データの管理や、プラットフォーム上での自社製品の宣伝など、規制当局が競争を害すると主張するようになった行為が現在の連邦法の範囲内ではないことにある。一方で、競争相手ではなく消費者に与える損害(通常は価格の上昇という形を取る)は、過去40年あまり裁判所で反トラスト法違反を証明する基準になってきた。
もちろん、こうした点は規制当局も承知している。しかし同時に、いまこそ法律を劇的に変える絶好の機会だと、当局は気づいている。そこで企業は、
敗訴は勝利の戦略になりうる
政府は、訴訟でインパクトを与えるために、必ずしも勝つ必要はない。そもそも、大企業を相手取った大きな訴訟を起こすだけで、今後のディールを抑制させたいという意図が明らかになる。これは特に、近年最も成功しているテクノロジー企業に当てはまる。テクノロジー大手は長年にわたり、新興市場に進出する際に既存の有望なスタートアップ企業を飲み込んで拡大してきた。2023年1月までバイデン政権で国家経済会議(NEC)のテクノロジー・競争政策担当大統領特別補佐官を務めたティム・ウーが最近指摘したように、「政府から厳しく監視されている」と大企業が意識することは、市場に大きな変化をもたらしうる。
最終的に買収交渉が成立しても、今後はすべての取引がより厳密に精査されると誰もが理解することは、規制当局にとって価値がある。企業は最初から、自発的に譲歩を探るようになるだろう。たとえば、マイクロソフトはアクティビジョンとの交渉で、合併後のアクティビジョン製品の扱いについて、限定的な形となることをあらかじめ提示した。特に『コール・オブ・デューティ』をはじめとする主力のゲームタイトルは、ほかのプラットフォームから撤退することなく、Xboxの独占タイトルとして提供されることになる。
より広い意味で、訴訟戦略はたとえ失敗しても、強すぎると見なされた企業に対して強力な破壊力をもちうる。訴訟の決着には何年もかかる時もある。その間、経営陣はビジネスではなく弁護士とのやり取りに時間を取られ、仕事に集中できないかもしれない。また、新しい事業が既存の訴訟を刺激したり、交渉の立場を弱めたりすることを懸念して、現在の計画を見直すこともあるだろう。近年のグーグルやメタ・プラットフォームズのように、かつてはIBMやAT&T、インテル、マイクロソフトが長引く反トラスト法訴訟で何年も混乱したのは有名な話だ。
規制当局の訴訟戦略は、単に企業に注意を喚起するだけではない。バイデン政権は、たとえ失敗に終わっても大きな揺さぶりをかけることで、議会に圧力をかけられると考えている。反トラスト法が救済できる被害の種類を拡大して、FTCと司法省に競争を管理するための権限と資源をさらに与えるような法案の成立を目指しているのだ。先の議会でそのような法案がいくつか審議されたが、最終的な採決には至らなかった。そこでバイデン大統領は、2023年1月に始まった議会で反トラスト法の改正を含む超党派の法案を可決し、「ビッグテックの責任を追及する」よう呼びかけている。