
従業員の組織に対するロイヤルティを高めるために必要なもの
バーンアウト(燃え尽き症候群)が増加し、従業員エンゲージメントが低下し、先行き不透明な経済の中でも退職者が後を絶たない現在、企業は従業員が定着するように努力すべきだ。給与と福利厚生はたしかに従業員を定着させる重要な要素だが、組織への永続的なロイヤルティの源は、さらに深い所にある。
若い頃、あるいはキャリアの初期に人生のメンターだった人を思い浮かべてほしい。彼らはありのままのあなたを見て、私心なく、必要な手助けをしてくれた。もし、その人から緊急に助けを乞うメールをもらったら、すべてを中断して駆けつけることだろう。これがロイヤルティだ。
ロイヤルティはお金で買うことができない。自分が大切にされ、サポートされていると感じられる深いつながりである。つながっている人々があなたを支えている。ロイヤルティは人のつながりに根ざした、かけがえのないものである。
最近の研究もそれを裏付けている。多くの経営者の考えに反して、従業員の離職が急激に増加している理由は、経済よりも人間関係、そしてその欠如と関係が深い。データによると、従業員が職に留まることを選ぶ理由は、主に所属感、リーダーに価値を認められているという実感、思いやりがあり信頼できる同僚の存在である。反対に、従業員が退職を選びやすいのは、職場の人間関係が単なる業務上の関係にすぎない場合である。
では、リーダーはどうすれば組織で人々の有意義な関係を構築し、ロイヤルティを育むことができるのだろうか。そのために必要なものは「思いやり」である。
思いやりと他者への奉仕の科学
研究が定義する思いやりとは、助けたいという純粋な願いを伴った、他者の苦しみに対する感情的反応である。関係の深い言葉である「共感」とは、明確な違いがある。共感の要素は、察知し、感じ、看破し、理解することだが、思いやりには行動による応答がプラスされる。つまり共感を超えるものなのだ。「共感+行動=思いやり」と考えるとよいだろう。同僚がつらい経験をして、助けを必要としている時に、思いやりを持って接するならば、その人はそれをけっして忘れないだろうし、関係が深まるだろう。
筆者らの研究では、「ソフトスキル」の領域に分類されがちなテーマについてさまざまな人の経験を収集し、思いやりのような道徳的、倫理的または情緒的、感情的な概念を、科学のレンズを通して検証した。たとえば医療業界において、思いやりはただ有意義なだけではなく、重要であることが計測した数値として確認することができた。特に目を見張る発見として、医療従事者の間で思いやりを示すことは、バーンアウトの減少と関連があることだった。つまり思いやりは、受ける人だけではなく与える人にも非常に有益なのだ。
筆者らの最新の研究では、医療業界を超えすべての人、すべての領域にこの知見を拡大した。本稿筆者のトリジアックとマザレリによる著書Wonder Drug(未訳)では、「優しさ」が本人の健康に与える影響を検証した。気前がよく他者志向的な性格の人は長寿になる傾向がある。また、ストレスの強い出来事は死亡リスクに影響を与えるが、優しさはそのリスクを緩和することが研究によって裏付けられている。
特に優しさは、高血圧を軽減するなど循環器疾患のリスク要因を減らす。また優しさと思いやりは、歳をとっても活力と認知機能を維持することにも貢献する。無私の行動に集中すると鎮痛作用があることもわかっている。自分を顧みずに他者に与えることが、幸福やウェルビーイング、レジリエンス、バーンアウトへの抵抗力、鬱症状の減少、人間関係の改善などと関連していることが、数々の研究によって明らかになっている。
職業上の成功についてはどうだろうか。かつての考え方では「我が身だけを考える」ことが出世の近道だったが、科学的根拠による裏付けがあるわけではない。カリフォルニア大学バークレー校ハーススクール・オブ・ビジネスの長期的な研究では、労働市場参入前の人々の性格特性を、有効な調査尺度を用いて評価した。14年後の追跡調査では、人口統計学的要因と企業要因を調整した上で、自己中心的、攻撃的、操作的な活動をする傾向のある人は出世しにくいことが明らかになった。一方、寛大で誰にでも受け入れられる人は、権力のあるポジションに就いていることが多かった。
またサウスカロライナ大学は、米国と欧州諸国のさまざまな所得水準の一般人口の代表サンプルを調べて、「向社会的モチベーション」のある人、つまり優しくて寛大な人は、自己中心的な人よりも所得が高い傾向があることを示した。カナダのある研究は、約3000人の幼稚園児の性格特性を評価し、30年後まで追跡した。その結果、知能指数や家庭環境と関係なく、幼稚園児の時に他者に優しかった人は、攻撃的または反抗的だった人に比べて、大幅に年収が多いことがわかった。
いま、あなたはこう思っているかもしれない。優しさが出世の絶好の手段なら、職場の全員にコーヒーを持って行ってやり、誕生日カードを書こう。これで私の株はどんどん上がる、と。
早合点してはいけない。研究は、動機が大切であることも示している。もし目的達成のための策略として、あるいは自己中心的な理由によって、優しさや思いやりを示すつもりなら、やめておいたほうがよい。研究からは、人を助ける時は、策略でも強制でもなく、純粋に利他的でなければ効果がないことがわかっている。「見返りを得るために与える」のではなく「与えるために生きる」という思考態度をデータは支持しているのである。
思いやりのあるリーダーシップ
もし、他者に奉仕することが本人の健康やウェルビーイング、キャリアの「特効薬」になるとすれば、それは企業にも当てはまるのだろうか。たしかに、思いやりを持ってリーダーシップを執ることは適切に見えるが、賢明なことなのだろうかと疑問が湧くかもしれない。研究では、思いやりを持ってリーダーシップを執ることは、賢明であることが明らかになっている。
思いやりは、効果的なリーダーシップに不可欠な要素である。人間の脳は思いやりを示すリーダーに対して、より積極的に反応することが、神経画像の研究によって実証されている。思いやりのある文化の創出は、バーンアウトの要素の一つである従業員の感情的疲労や無断欠勤の減少に関連している。
著作家のサイモン・シネックは、リーダーが自分の配下にある人を監督するよりもケアすることに力をそそぐのは、思いやりのあるリーダーであることの証だと述べている。リーダーが従業員のウェルビーイングを重視し、そこに注力することは、従業員の仕事への満足、企業からのサポートに対する認知、企業へのロイヤルティと信頼、定着率の強力な予測因子であることは数多くの研究で示されている。それは、モチベーションの向上による従業員の職務遂行能力の向上や、チームの遂行能力の向上とも関連している。