「あなた」という言葉を上手に使う
時には、「あなた」というシンプルな言葉を用いることが大きな効果を生む場合もある。
数年前、筆者はある大手テクノロジー企業の依頼を受けて、その会社のソーシャルメディアへの投稿を精査し、うまくいっている点とうまくいっていない点を洗い出したことがある。膨大な数の投稿を自動分析したところ、「あなた」のような言葉に、読み手のエンゲージメントを高める効果があることがわかった。「あなた」などのニ人称代名詞を用いた投稿は、そうでないものに比べて、「いいね!」の数もコメントの数も多かったのである。
「あなた」のような言葉は、読み手や聞き手の注意を喚起し、ある物事が自分に関係があり、意識を向ける必要があると思わせる効果を持つのだ。ソーシャルメディアに投稿するメッセージにせよ、対面での一対一の会話や多人数の会議にせよ、「あなた」という言葉を使って語りかけられると、読み手や聞き手は、自分に向けて直接メッセージが届けられているように感じ、行動を止めてでもメッセージに集中しようとする。
ところが、カスタマーサポート関連の文章に関して同様の分析を行ったところ、正反対の結果が出た。たとえば、新しいノートPCの設定方法や、デジタルデバイスのトラブルシューティングの方法などを説明した文章などのケースでは、「あなた」のような言葉は逆効果になるのだ。読み手は、役に立たないコンテンツだと感じてしまう。
「あなた」という言葉は、その情報が聞き手にとって個人的に関係があるものだと示唆する一方で、聞き手の責任を指摘したり、聞き手を非難したりしているような印象も生み出す。「もしプリンターがうまく動かなければ……」と書く代わりに、「もしあなたがプリンターをうまく動かせなければ……」と書けば、プリンターの不具合が読み手の責任であるように読めてしまう。問題の原因はプリンターではなく、プリンターを思うように動かせないユーザーに問題があるというニュアンスになる。
つまり、「あなた」という言葉は、ソーシャルメディアへの投稿で注目を引きつけたい場合には効果があるが、カスタマーサポート関連の文章では、ユーザーの責任を指摘するニュアンスになりかねず、裏目に出かねない。言葉は情報を伝えるだけではない。良い意味でも悪い意味でも、誰が物事をコントロールしていて、誰に責任があるのかも伝えるのだ。
「あなたは、書類がいつ仕上がるか確認したのですか」「あなたは、犬にエサをやったのですか」といった問いは、非難がましく聞こえかねない。語り手にそのつもりはなく、単に情報を求めているだけだとしても、聞き手は必ずしもそのようには受け取らない。「私」の責任だと指摘されたと感じたり、「私」がしっかりやっていないと非難されたと感じたりする。
その点、ほんの少し表現を変えるだけで、思わぬ反発を生む可能性を減らすことができる。たとえば、「書類はもう提出されたのでしょうか」などと言えばよい。行為者ではなく、行動に焦点を当てる表現を用いることで、非難がましいニュアンスを取り除ける。それが「あなた」の役目だとは言っていない、というメッセージが伝わる。それが済んでいるのかどうかを確認して、もしまだであれば、私がやろうと思っているのだ、という具合に。
同様のことは、「私はお話ししたかったのですが、あなたが忙しかったので」といった表現にも当てはまる。この発言の内容は、事実関係としては正しいのかもしれない。こちらが話をしたいと思ったのに、相手が忙しくしていたのだろう。しかし、このような言い方をすると、相手は自分が非難されているように感じかねない。忙しくしていたことが悪いというだけに留まらず、会話できなかったことも相手の責任だというニュアンスになる。
このようなケースでは、「あなた」という言葉を使わずに、「私はお話ししたかったのですが、タイミングがよくなかったようです」などと言えば、批判のニュアンスを避けることができる。誰も悪いわけではないということが明確になり、相手に何かを要求するのではなく、相手を気遣っている印象を生み出せる。非難がましい「あなた」という言葉を用いないようにすることにより、意図せざる非難を避けることができるのだ。
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世の中には、スピーチの達人がいる。そのような人たちが話せば、誰もが集中して聞こうとする。世の中には、文章の達人もいる。そのような人たちは、魔法のように言葉を駆使し、読み手の想像力をかき立て、関心を引きつけることができる。
しかし、それ以外の大多数の人たちはどうか。自分には運がなかったと思って、諦めるほかないのだろうか。
そんなことはない。スピーチや文章の達人たちは、生まれつきそうした技能を持っていたわけではない。そのスキルは学習して身につけることができる。言葉には、目を見張るような力がある。いつ、どうして、どのように言葉が機能するのかを学べば、上手に言葉を使い、自分の発するメッセージの影響力を強められるようになる。
"3 Rhetorical Techniques to Increase Your Impact," HBR.org, March 07, 2023.