顧客体験におけるリーダーの役割
データやテクノロジーは重要だが、それだけでは顧客体験のような経営課題に対する答えにはならない。データを解釈してその意味を理解するのは、リーダーの仕事だ。有能なリーダーは、社内の人々が変化に対応し、貢献度と生産性を高められるように支援する。そのためには、ビジョンや目的を、優先順位、人材、プロセスなどの領域における優れた組織設計で補完する必要がある。
優先順位
優先順位を現場に伝えることは、業績と強い相関がある。優先順位は、企業が行う競争上の選択に関するものだ。明示的な選択は、計画やKPI(重要業績評価指標)に記載される。しかし、顧客体験に影響を与える多くの選択は、経営資源の配分に関する日々の決定の中で暗黙のうちに行われる。
たとえば、どのような予算でも、利用可能なリソースのうち、誰が、何を、より多く、あるいはより少なく取得するかという選択が含まれる。あなたの会社の予算の優先順位において、顧客体験はどこに位置するだろうか。どのような販売モデルも選択を迫られる。つまり、顧客Aに働きかけてサービスを提供するために費やされるお金と時間は、顧客BやCには利用できないのだ。
優先順位を決めて、それを伝えるのがリーダーの責任である。曖昧で明確に示されていない選択肢は、市場環境が変化している時に試すことはできない。人は「私たちは顧客にコミットしています」というような抽象的な言葉で話し、日々の行動ではサンクコストの誤謬を起こして、損失を取り戻そうとさらに資金を注ぎ込む。優れたリーダーでも、優先順位がその直感に留まって不明瞭なままなら、説得力のある顧客体験に必要な連携はリーダー個人の範囲に留まり、組織内の最も弱いつながりと同じくらい弱い。
優先順位が明確でなければ、人々は戦略に関する手掛かりをランダムに拾い上げるだけで、会社は顧客体験に関連するさまざまな違いにうまく対応できるようにはなるが、特定の強みを持つには至らない。競争優位の本質は、ターゲットとする顧客が価値を認めるものや、競争相手が真似しにくいものに長けるということだ。
人材
世界的に、テクノロジーは仕事のあり方を変えている。顧客とのやり取りを最前線で行う販売やサービスの部門も例外ではない。ある研究は、米国のオンライン求人情報9500万件以上を調べ、年間1万~100万件を「フラッグシップ・ジョブ」と分類している。このカテゴリーでは「営業担当者」と「カスタマーサービス担当者」の求人が2桁の伸びを示している。
同じ調査の期間中に最も必要とされたスキルは、「営業実務全般」(年9%増)、「販売全般」(同8%)、「基本的なカスタマーサービス」(同11%)で、現在のところ求人情報で圧倒的に需要が高いスキルである。顧客と接するこれらの主要な仕事に注目することなく人材マネジメントや「仕事の未来」を語っても、机上の空論にすぎない。
シニアリーダーは、組織における人材育成の基本的な条件を明確に決める。人材が適切な存在であり続けるためには、望ましい顧客体験に関連した雇用とトレーニングの戦略が必要だ。
たとえば、上述の通り、今日における販売は、オムニチャネルのカスタマージャーニーの中でチャネルパートナーと協働することでもある。ただし、営業担当者が販売だけでなくチャネル業務もこなすようになると、個人として貢献するだけでなく、他者を通じて物事を進めるマネジメントも担わなければならない。このようなスキルは、ほとんどの営業向けのトレーニングではまず教えていない。あなたの会社では、このような問題をどこまで経営課題としてとらえているだろうか。
プロセス
魅力的な顧客体験は、一連のプロセスであって、チームワークの話ではない。最低でも継続的な顧客情報と、現場では関連する業績管理のプロセスが必要になる。
価格設定を例に考えてみよう。本当の意味で実現可能な価格とは、値段、価値、顧客体験、現場の行動を結びつけることだ。そのために必要な行動に対するインセンティブを、あなたの会社の営業報酬のプランは提供しているだろうか。価格と顧客体験の推進力を結びつけるために必要なデータはあるだろうか。シニアリーダーは、カスタマージャーニーを通じて価値を形成するために必要なデータの意味について、どのくらいの頻度で議論しているだろうか。
ほとんどの企業では、四半期の決算を綿密に追跡している。しかし、顧客体験と収益の重要な推進力を検証するために必要な情報──現場でどのように価値提案(バリュープロポジション)を構築して提供しているか──は欠落していることも多い。
さらに、インセンティブの仕組みが望ましい顧客体験を損なっている場合もある。リーダーシップのチームがこのような重要な関係を築けない場合、企業が本当に必要なのは市場に即した戦略なのに、業務遂行を要求したり、販売の基本に集中すべき時に、大きな費用と混乱を伴う戦略の方向転換を迫ったりすることになりかねない。
リーダーは、このプロセスを偶然に任せてはいけない。資本予算編成のプロセスと同じように、リーダーの監視が必要だ。購買プロセスが顧客体験に与える影響に関心がないリーダーは、必然的に「顧客重視」を長年スローガンに掲げる一方で、実際に組織は異なる運命をたどることになるだろう。
"Sales Teams Need to Stop Focusing on the Customer Funnel," HBR.org, March 13, 2023.