部下への信頼を示す
意識しているかどうかにかかわらず、誰もが日々、仕事でさまざまな決断を下している。自分をどう見せるか、状況にどう対応するか、どこに注意を向けるかなどもその一つである。しかし、チームに大きな影響を与える決断、たとえばリソースの配置、価格設定、分配などに関する意思決定を任された時には、不安や高揚感などさまざまな感情が湧くことがある。
このように責任を引き受けた部下に対して信頼感を示すと、本人や周囲が部下の能力に自信や信頼を持てるようになる。そのためには、次のような言い方をするとよいだろう。
「他の誰よりもその製品(サービス、市場、問題)について知っているあなたに、○○○についての判断を任せたいと思っています。責任が増えるので、重荷に感じるかもしれません。ですが、私はあなたに全幅の信頼を置いています。以前も新しい責務を担ってくれた実績があり、今回も問題ないと思っています。困った時はいつでもサポートします」
筆者のクライアントであり、事業用不動産サービスのCBREでグローバルCOOを務めるケビン・エイセフは、このプロセスを「社員を成功に導く支度」と呼んでいる。その内容は、以下のようなことである。
・本人の覚悟、向上心、誠実さ、物事が計画通りに進まない時の不屈の精神など、部下にその責任に見合う能力があるか確認する。
・与えられた権限の範囲内でどのように判断を下すのがベストなのか、部下にあらためて考えさせる。たとえば、自身が拠り所にする知見の質を高めるために、どのようなテクノロジーやツールが利用できるか。場合によっては、自身の見解が反映されているかいないかにかかわらず、そうしたものに自分に代わって決定させるケースもありうるかもしれない。
・必要に応じて情報や知見をオープンにし、部下に全体像や意思決定の重要性を理解させる。すなわち、事業環境(顧客、競合他社、ステークホルダーの動向など)や、部下の意思決定が組織の戦略にどのように貢献するかといったことである。
・相談に応じる。ビジネスに大きなリスクがある場合を除き、自分の思い通りに進んでいないとわかっても、決定に口を出すのは慎む。
・たとえ期待した結果にならなくても、サポートする。時には失敗をさせ、自分の決断のマイナス影響を経験させて、次に向けて改善すべきことを学ばせる。
・成功や努力に対して報酬を与え、公に認めることで、他のチームメンバーも同様の機会を求めるようになる。
学ぶ機会をつくる
上記の明確化と信頼は、非常に有効である。しかしそれでも意思決定能力や判断力にまだギャップが残ることもある。その場合には、4つの学習機会を活用することで対処する。
第1に、意思決定の準備段階でコーチングを行う。同僚、第三者、テクノロジーなどからの情報を吸収し、注意深く分析し、集中して耳を傾け、慎重に判断を下すよう促す。
事後に意思決定を振り返らせる。意図した結果にならなかった場合には、特に重要である。「何を考慮しなかったか」「どの要素を軽んじたか」「どのような視点があればよかったか」「誰を関与させればよかったか」「次回は何を改善するか」などの問いかけをする。
第2に、意思決定プロセスをオープンにする。たとえば、重要な会議に、少なくともオブザーバーとして部下を参加させる。会議の中で投票を取り入れたりしてもよいだろう。あるクライアントは、顧客に近い社員を日常的に会議に呼び、オブザーバーとして参加させるだけでなく、彼らからインサイトを得るようにしている。
第3に、決定すべき事項を中心に会議を構成することで、その意思決定の重要性を強調し、部下に貢献の機会を与える。アジェンダの中に、決定すべき事項を挙げる。たとえば、このように書くとよいだろう。「本会議の目的は、以下について決定することである。そのためには、以下の問題について検討することが必要である」
会議の冒頭に、なぜその決定が重要なのかをリマインドし、全員に発言するよう呼びかける。議論全体を通して、互いに意見をぶつけ合うよう出席者を促す。最後に、決定事項をまとめ、役割分担を決める。こうして意思決定のスキルを練習させ、複雑な判断を下す力を身につけさせるとよいだろう。
第4に、解雇や新しい取り組みの開始、大規模な投資といった注目度や重要性の高い決定を明確に伝え、どのようにその判断に至ったのかを部下に理解させる。このような透明化によって生まれる監視の目が意思決定の質を向上させる可能性がある。
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エンパワーメントの強化は、称賛すべき取り組みだが、期待通りにならないことが多い。意思決定者が責任を引き受けるためには、いくつかの条件が揃わなければならないものの、そこに十分な注意が払われていないからである。上記の5つの戦略を実践すれば、「欠損」どころか、エンゲージメント、生産性、成長の拡大という「恩恵」が企業にもたらされるだろう。
"5 Strategies to Empower Employees to Make Decisions," HBR.org, March 20, 2023.