ビジネスリーダーは何ができるのか

 企業のCXを向上させて満足度を高めたいと考えているビジネスリーダーは、次の3つの機会を重視するとよい。

 1つ目は、摩擦のない商取引(フリクションレス・コマース)だ。アマゾン・ゴーの店舗は、とても高度に統合されたタッチポイントとして機能している。買い物客は店内に入って、好きな商品を手に取り、店の外に出るだけで、購買の全行程が完了する。生体認証、QR決済、商品を自動的にスキャンするスマートカートなどは、このようなカスタマージャーニーを可能にする多くのテクノロジーの一部にすぎない。

 2つ目は、拡張経験だ。H&Mは試着室の鏡の一部に電波を用いたRFID技術を搭載し、買い物客が試着室に持ち込んだアイテム、サイズ、色を非接触で自動認識する。そして、パーソナライズされた商品情報やスタイリングを鏡に表示する。今後数年間で、拡張現実(AR)や仮想現実(VR)のツールが主流になるにつれて、これらの機能をカスタマージャーニーに組み込む革新的な方法が増えるだろう。

 3つ目は、直感的なインタラクションだ。ナイキの旗艦店では、バスケットボールのフープやトレッドミルなどのフィットネス器具を備えたアクティビティセンターで商品を試すことができる。カメラで足取りや動きを撮影し、店内の販売員がより具体的な提案をする。さらに、バスケットボールをしている映像を閲覧、共有できるアプリや、個人に合わせたコミュニケーションを提供するボット、個人にぴったりの特典を送信する自動プッシュ通知などを通じて、デジタルアシスタントが共感を広げていく。

 以下では、より広い意味で、ビジネスリーダーが自信を持ってカスタマーエンゲージメントの未来に踏み出すために、いまからできるアクションが少なくとも6つあり、それらを紹介する。

影響力を理解する

 筆者たちの調査で明らかなように、顧客満足度が最も高い企業は、平均的な企業に比べて過去10年間で2倍の株主価値を創出している。これは、最新のCXへの投資と同じように、成功すれば大きなメリットがある賭けになる。

より高いレベルを目指す

 多くのCEOはCXの改善にすでに投資しているが、進捗が遅いと感じている。その理由の一つは、企業が漸進的な改善を追求するために、重要で稀少な資源を拘束していることだ。ターゲット層の悩みの種(ペインポイント)の解決や、非効率の解消、CXの小さな改善による影響はわずかしかない。重要で稀少な資源であればこそ、大胆に投下するほうが好ましい。

基本をおろそかにしない

 企業は、まず2、3件のタッチポイントの取り組みに集中すべきだ。これらの取り組みは、企業のブランドと戦略的に合致していて、価値の高い顧客セグメントをターゲットにする必要がある。たとえば、「利便性のトップ」や「エクスペリエンスのトップ」を目指すと決めて、それを実現するために最適なタッチポイントに対して注力する。

試して、学習し、適応する

 ジェフ・ベゾスはかつて、「アマゾンの成功は、1年、1カ月、1週間、1日にどれだけ多くの実験を行ったかの関数である」と語った。企業は実験に多額の費用をかける必要はないが、年間の予算を確保し、そのリソースで新しくユーザーとシステムのやり取りを可視化したユースケースを描いて、既存の取り組みを改良して拡張するのがよい。

 D2C企業のインテリア・ディファインは、実験にかける予算をデジタルマーケティングの予算全体の5%から15%に拡大してきた。今後、どのプラットフォームやテクノロジーが主流になるかはわからないが、どのようなことが起きても対応できるようにしておきたいと考えたからだ。

 顧客を引きつける新しい方法を試すことは、特に景気後退期には大きな利益をもたらす。リーダーは自社のビジネス戦略やポジショニングに基づき、「後悔のない」行動をすみやかに探して、ほかのユースケースの実験と学習を積極的に開始する。このプロセスにより、商業環境や投資環境が改善された時に、すぐに着手できるイニシアティブを確保できる。

データ・アーキテクチャーとAIを強化する

 企業は2、3件のタッチポイントのユースケースを並行して追求することもできるが、正しいデータと分析の焦点を明らかにするまでは、次に進むべきではない

 ある大手通信事業者は、クラウド上に一元化したマスターの顧客データベースを構築し、それぞれの顧客の信頼できる唯一の情報源(SSOT)として、クラウドベースの強力なAIアプリケーションへのアクセスを可能にした。最初に実施したキャンペーンの一つは、プリペイドのSIMカードに関する顧客セグメントに注目したものだった。顧客データとAI分析によると、給与明細を受け取った日にカードを追加発行する可能性が高いため、その日にオファーを送るようにしたのだ。やがて、AIエンジンの自己学習機能により、それぞれの人が好むタッチポイントやフォーマットを使って、最も反応しやすい時間帯にコミュニケーションを取ることができるようになった。

市場開拓プランを適応させる

 企業は必要な俊敏性と知識の共有を実現するために、さまざまな「ゴートゥマーケット」(GTM)を試さなければならない。たとえば、知識と分析を共有する拠点と、タッチポイント志向の複数のチームを組み合わせたハブ・アンド・スポーク構造もその一つだ。

 戦略に関しては、人間のアシスタントにできる役割の強化も考慮する。デジタルとバーチャルなインタラクションにより、多くのルーチンワークが自動化されるため、人間がカスタマージャーニーに付加価値を与える方法を再考しよう。

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 カスタマーエンゲージメントの未来は明るい。実現可能なテクノロジーがより強力に、より望ましく、より手頃になるにつれて、企業が顧客を満足させるための最大の制約は、企業自身の想像力になるだろう。


"High-Tech Touchpoints Are Changing Customer Experience," HBR.org, March 20, 2023.