顧客インサイトを顧客と共有すべき理由
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サマリー:チャットGPTは人間に関する知識を向上させるだろうが、人工知能(AI)は今後、私たちよりも私たちのことを深く理解するようになるのだろうか。筆者は私たちがみずからについての知識を民主化する必要があると論じる... もっと見る。少なくとも、企業が集めた顧客のインサイトは顧客自身へ共有されるべきだという。本稿では、顧客理解とAIの活用について、検討の起点を3つ紹介する。 閉じる

パーソナライゼーションは今後、どのように進化するのか

 自分を理解することは、人間のアイデンティティの基礎だ。それがなければ、自分が何者であるかについて論理的なストーリーを構築することができず、人生経験や他者との交流が、混沌として不合理で、耐えがたいものとなってしまうだろう。しかし、自己理解は身につけるのが難しいスキルであり、調査によると、自己認識ができている人は10~15%にすぎない。実際、心理学の歴史において一貫性のある発見があるとすれば、それは自己理解よりも自己欺瞞のほうがはるかに一般的であるということだ。

 ここに登場するのが、人工知能(AI)である。AIは(a)大規模なデータセットからパターンを発見し、(b)「賢くなる」(予測精度を高める)ための訓練を行うアルゴリズムで構成されており、本質的にはまだ「予測マシン」だが、AIは人間が物事を理解する能力(ここには自分自身への理解も含まれる)を高めるはずである、と期待される明確な理由がある。

 この想定は、特に消費者マーケティングの分野でより現実味を帯びる。この分野においてAIは、人間の行動を予測するだけでなく、それに影響を与えるためのターゲット誘導など、アルゴリズムによるパーソナライゼーションを先駆的に行ってきた。この話があまりに専門的、あるいは抽象的に思えるならば、あなたにもきっとなじみがあるシンプルな日常の例を挙げよう。

・ネットフリックスは、あなた(および、あなたのような他の人)が過去に視聴した作品に基づいて映画を推薦する。

・アマゾン・ドットコムは、あなた(および、あなたのような他の人)が過去に購入した商品に基づいて商品(化粧品、スニーカー、本など)を推薦する。

・スポティファイは、あなた(および、あなたのような他の人)が過去に視聴した曲に基づいて曲を推薦する。

・おそらく最も広く知られた例であるグーグルの検索エンジンは、(特に特定の機能を共有している他の人が検索した内容に基づいて)私たちが検索しているものを推測する。

・今日、最も広く議論されている(そして目覚ましい)例がチャットGPTで、私たちの質問を大規模な言語データベースと比較し、私たちが必要とする情報を解釈して生成する能力を持つ。

 これらのプラットフォームの普及は、消費者にとってのAIの価値を示す有力な証拠だが、どのAIエンジンも私たちの自己理解の向上にはほとんど役に立たない。そのため生じる問題が2つある。

 第1に、私たちの選択はよりデータドリブンになるかもしれないが、消費者の洗練度や合理性は向上しない。特に、製品の供給と洗練が進む中で、これは機会損失といえる。第2に、アルゴリズムが機能した際に、「不気味」に思われる可能性がある。「私が知らないのに、なぜ私のほしいものがわかったのか」「私のことについてほかに何を知っているのか」という具合だ。

 より重要なのは、AIがやがて私たち以上に私たちのことを知るようになるという歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリらが予言したようなディストピア的なシナリオを避けるために、アルゴリズムが持つ私たちについての知識を民主化する必要があるということだ。少なくとも、企業が集めた個人のインサイトは共有されるべきである。チャットGPTは何百万人もの消費者とやり取りをしたことで(ティックトックやインスタグラムよりも短期間でより多くのユーザーを獲得した)、人間に関する知識を向上させるだろうが、私たち自身が、みずからの理解を深めることにはつながらないと頭に入れておく必要がある。

 機械学習とデジタルマーケティングに基づく消費者向けAIとアルゴリズムによるパーソナライゼーションは、近い将来どう進化するとよいのか。おそらく、自分が何者かを知る手助けをし、自分の選択が自分についての何を物語っているのか、理解を助けるよう進化していくべきなのである。この科学的根拠は確立されており、最近のAIの時代よりも前から存在している(これについては筆者の最新刊I, Human, Harvard Business Review Press, 2023.(未訳)で論じている)。考えるべき重要な知見を以下に紹介する。