実用主義の文化を育む

 ハッカーの発想法を取り入れることによって、実験的で不完全なアプローチを大切にする実用主義の文化を育むことができる。

 あるコンピュータハッカーからこのような話を聞いた。彼は昼食に卵を茹でようと思ったが、手元にやかんもコンロもなく、複数の機能を兼ね備えたコーヒーメーカーしかなかった。湯沸かし器であり、電動ミルであり、ミルク泡立て器でもある高性能のマシンだった。彼はその「フル性能」のテクノロジーには目もくれず、自分に必要な部分だけ、すなわち水を沸かす機能だけを利用して昼食を用意した。

 経営者は自社に足りないものばかりを見て、別の用途で利用できるリソースを無視しがちだ。ハッカーはそのリソースがハードウェア以上のものであることを理解して、オブジェクト型の思考ができる。不完全さに価値を見出し、その機能を見直して、新たな機会や進化をもたらすための実験を行うのだ。このハッカー的アプローチは、一見すると不器用に思えるかもしれないが、オックスフォード大学元教授のスティーブ・レイナーの言葉を借りれば「みごとに機能する」のだ。

 エンジニアであり社会起業家のトファー・ホワイトはハッカー的発想で、世界最大の環境問題の一つである違法伐採を解決する革新的なアプローチを思いついた。世界各地の広大な森林を監視したいと思っても、莫大なコストがかかり困難である。ホワイトはインドネシアのボルネオ島を訪れた時、最も近い道路から何百キロも離れた熱帯雨林の最深部でも携帯電話が使えることに気づいた。そこで、中古の携帯電話を使ってチェーンソーの音を「聞き分ける」仕組みを考えた。

 太陽光パネルで充電できるようにした携帯電話を丈夫な箱に入れ、木に取り付けて樹冠で隠す。これを熱帯雨林のあちらこちらに配置して、最大限の範囲をカバーできるようにする。携帯電話はネットワークに接続されており、チェーンソーの音を「聞く」と、伐採場所を示すアラートが現場の係官にリアルタイムで送信され、伐採者を現行犯で捕まえることができる。

目標や成果ではなく、プロセスを中心にチームを動かす

 多くのビジネスリーダーが考えているほど、従業員のモチベーションは、気前のよいボーナスだけでは上がらないかもしれない。経営学者は近年、社会的責任や帰属意識など、利益を上げることを超えた目的で人々を動かすことが重要だと強調するようになった。

 ハッカーのアプローチは、こうした観点を発展させることができる。ハッカーの多くは、ノートパソコンにかじりつき、悪意を持ってクレジットカード情報を盗むといったステレオタイプなオタクではない。筆者の調査によると、ハッカーは自己管理のできる多様性に富んだ個人の集まりであり、決められた目標や結果の所有権よりも、エキサイティングなプロセスに着手することに大きな関心を持っている。だからこそ、ハッカーはしばしば匿名で活動するのである。

 あるハッカーが筆者に言ったように、ハッカーは「学位や年齢、人種、性別、地位といったインチキな基準ではなく、自分のハッキングの能力によって認められたい」のだ。このようなハッカーは、未踏の領域を切り開くという未知の探索のプロセスを楽しんでいる。

 ハッカーは起業家精神に富んでおり、伝統的な組織と同じようなガバナンスの問題に直面することがあっても、自分たちを組織化する独自の方法を見つける。たとえば、オープンソースの自主運営プロジェクトでは、説明責任や裁定と、コラボレーションや柔軟性とのバランスを取る、いわゆる「BDFL」(優しい終身の独裁者)モデルが増えている(BDFLはもともと、プログラミング言語パイソン(Python)の生みの親グイド・ヴァンロッサムを指していた)。このアプローチでは、誰でも改良を実践し、前進しつつ変更を加えることができるが、大きな論争や決定案件が出てきた場合は創設者が最終的な決定権を持つ。

 マネジャーもハッカーと同じように、人々のやる気を引き出し、ストレスを和らげて、混乱している窮状を理解し、柔軟性を認める方法を見出すことができる。そうすることによって不必要な主導権争いを回避し、誰もがイノベーションの旅を楽しめるようになる。

シンプルに、なおかつ複雑に

 現代のとりわけ困難な課題の多くは、一筋縄ではいかない。一つの方法でしか解決できない整然としたパズルではないので、唯一のソリューションを求めるアプローチには意味がない。プログラミング言語クロージャー(Clojure)の開発者リック・ヒッキーは、ある講演でこう語っている。「複雑さを克服することは、仕事ではなく無駄である」

 ハッカーが複雑な状況に強いのは、「本質的な複雑さ」、すなわち、取り組んでいる課題の重要な特性に集中するからだ。そして「偶発的な複雑さ」、すなわち、筆者たちが当たり前のように受け入れているが、実は目の前の課題から目を逸らす要因になりうる、意図しない課題を取り除こうと努める。

 コンピュータプログラマーたちは筆者に、堅牢なソフトウェアやデジタルネットワークの鍵は、単純な部品をつくってつなげることにあると教えてくれた。

 レゴを思い出してほしい。レゴは装飾のないモジュール式のブロックで、何通りにも組み立てることができる。レゴのブロックの形状が複雑なほど、できることが少なくなり、気が変わったときに計画を変えることが難しくなる。つまり、シンプルであるほど使い勝手がよいのだ。シンプルなブロックだからこそ、城や橋、家、映画『スター・ウォーズ』のミレニアム・ファルコンなど、さまざまなものを組み立てることができる。

 複雑な問題には複雑な解決策が必要だと考えるマネジャーは、障害に正面から取り組もうとするあまり、本質的な複雑さと偶発的な複雑さを区別できずにいる。世界で最も困難な課題のいくつかは、常に進化して絡み合っているために複雑であり、すべての側面に対処して解決しようとすれば必ず失敗するだろう。シンプルに考えることが物事を簡単にするわけではないが、シンプルさに注目することによって、進化する課題への適応力を高めることができる。

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 グーグルに代表されるハイテク企業の多くは、ハッカー精神から始まっている。そう語るのは、プログラミング言語リスプ(Lisp)のプログラマーとして知られ、Yコンビネーターの共同設立者でもあるポール・グレアムである。

 しかし、企業が成長し、かつてのハッカーがCEOになると、ハッカーのメンタリティは次第に薄れ、長期計画や階層的な意思決定、株主価値の優先、効率重視といった経営者の信条が前面に出るようになる。経営とハッキングの新しい「インターフェース」を模索し、現状を打破する自由闊達なハッカーマインドとガバナンスのバランスを取ることで、企業は年を重ねても最初の頃のダイナミズムを維持できるはずだ。


"Why Managers Should Think More Like Hackers," HBR.org, April 06, 2023.