
3つの失敗パターン
ほとんどの企業は、「カスタマーファースト」の哲学を持っていると主張する。社内に顧客体験(CX)部門を設けて、顧客の継続率とブランドの評判、経常収益を高めようとしている企業も多い。しかし、企業のCX戦略は、しばしばポストコロナ時代における顧客の現実と乖離している。
筆者はこれまで30年にわたり、戦略マーケティングアドバイザーおよび企業幹部向けのコーチとして活動してきた。いま筆者が日々の業務と、最高マーケティング責任者(CMO)たちの私的な集まりを通じて目の当たりにしているのは、多くのリーダーがいまだに2019年と代わり映えのしないデジタルCX戦略を実践し続けているということだ。その結果、顧客にそっぽを向かれたり、顧客に不満を抱かせたりする危険が生まれている。しかし、目下の状況では、そのような事態はどうしても避けたいはずだ。
本稿では、筆者が見てきたCX関連のよくある失敗のパターンを挙げ、そのうえで、競合他社につけ込まれる前に問題点を是正するための有益な戦略を紹介する。
失敗のパターン1:コストマネジメントを優先させるあまり、戦略への投資をないがしろにする
不確実性の高い時代には、企業が財務状態の改善に固執したくなるのも不思議でない。実際、筆者がコーチングを担当しているクライアントのほとんどは、効率を20%向上させるというグーグル流の目標を達成しようと懸命になっている。しかし、このようなアプローチを採用する企業は、競合企業が顧客にとっての価値を高めて利益を改善しようと努力した場合に弱さを露呈する。
たとえば、筆者のクライアント企業の一つに、黒字の上場企業がある。その会社は最近、株価が6カ月にわたり下落し続けたことがあった。すると、同社のCFOはただちに、マーケティング関連の取り組みを全面的に凍結し、幹部チームのメンバー一人ひとりに、少なくとも100万ドルのコスト削減策を見出すよう言い渡した。
しかし、この会社のCMOには、そのようなことをすれば、新しい顧客セグメントを見出すために投資したり、顧客をつなぎ留めるための戦略を強化したり、新しい顧客体験プログラムを試したりする機会を失うことになると思えた。このCMOは、それまで務めてきた役職の数々を通じて豊富な経験を蓄えていた。戦略的アカウントプランニング、顧客から助言を仰ぐための諮問委員会制度、理念を前面に押し出してブランドの強化を目指すプログラムの実行などの経験を持っていた。
これらの活動の一つにでも投資すれば、多くの競合企業が予算を切り詰めているのを尻目に、長期にわたる成長エンジンに火を点け、投資を回収できただろう。しかし、この会社では、コストの削減ばかりを目指していたために、そうした成長の機会を追求することが難しくなっていた。このような姿勢は、わずかな出費を惜しんで、大きな利益を逃すという意味で、極めて近視眼的な戦略に思えた。
失敗のパターン2:古いセグメンテーション戦略に依存し続ける
CX部門のリーダーたちは、自社が働きかけることが可能な顧客セグメント(心理面での属性や人口動態上の属性など)を明らかにし、洗練されたカスタマージャーニーのマップを描き上げるよう訓練されている。そうしたマップを作成することにより、多くの顧客に共通する課題と購買パターンを浮き彫りにするのだ。
しかし、新型コロナウイルス感染症のパンデミック以降、とりわけ重要性を増しているトレンドが無視されている場合が多い。そのトレンドとは、ダイバーシティ(多様性)、エクイティ(公平性)、インクルージョン(包摂)、気候変動などの社会問題に対する会社の姿勢を知りたいという顧客の欲求が高まっていることである。
コンサルティング大手KMPGが2022年に企業のCEOを対象に行った調査によると、回答者の69%は、ESG(環境、社会、企業統治)関連の情報開示の透明性を求めるステークホルダーの圧力が強まっていると述べている。この割合は、わずか2021年に比べて11%も上昇している。
この傾向が一時的な流行で終わるとは思えない。これらのテーマは、顧客が重視する優先事項の上位に浮上しているからだ。そこには、一人ひとりの顧客の価値観が反映されている。ところが現状では、カスタマージャーニーのマップにそうした価値観の要素が登場することはほとんどない。
いくつかのカスタマージャーニーのマップを検討したのちに、筆者が気づいたのは、ほとんどのマップには、人口動態、職種、趣味、ペインポイントなど、表面的なデータしか盛り込まれていないということだ。顧客が特定のソフトウェアツールやスナック菓子、旅行のお土産などを選ぶ理由の背後にある価値観が描き出されているケースは極めて少ない。
失敗のパターン3:従業員体験(EX)と顧客体験(CX)を無関係のものとして扱う
「顧客は常に正しい」といったことを述べるリーダーが時々いる。しかし、リーダーがそうした厳格な方針を打ち出すと、自社の優秀な人材の退職が増えて、それに伴うコストが膨れ上がり、重要課題の数が多くなりすぎて、チームが燃え尽き(バーンアウト)状態に陥りかねない。
ソフトウェア大手のセールスフォース・ドットコムは最近、スタンフォード大学およびコロンビア大学と協力して、このテーマについて研究を行った。その研究によると、CX関連の取り組みと従業員体験(EX)関連の取り組みをシームレスに統合している企業は、3社に1社の割合にすぎない。この両方の取り組みの足並みが揃っていないと、売上げアップの最大50%を逃す可能性があると、この研究では結論づけている。