不確実な市況で勝ち続ける企業の共通点
Illustration by Carlo Cadenas
サマリー:不確実な市況でも、結果を残し続ける企業は存在する。そうした企業に共通するのは、顧客データを活用して営業とマーケティングを迅速に変化させている点だ。具体的には、AI(人工知能)モデルを活用し、カスタマージ... もっと見るャーニーの過程で発生する結果や成果を予測しているという。また、顧客の行動を予測して、先回りして対処するという特徴もある。 閉じる

不確実な市況でも結果を残す企業の取り組み

 企業のマーケティング投資のリターンが十分に可視化されない問題は、長年、多くの指摘を受けてきた。アナログの世界ではその理由として、マーケティング活動への投資とそれに対する市場(または顧客)の反応との間に因果関係を確立するのが難しいからという説明が繰り返されてきた。

 一方、デジタルの世界では、因果関係を確立する方法として、比較的安価な実験を数多く行い、それを通してマーケティングや営業の行動と顧客の反応を関連づけることが一般化している。企業は検索に始まり、購入のクリック、そして消費に至るまでの顧客の反応を追跡できる。そのため、企業がアクセスできるカスタマージャーニーのデータ量は飛躍的に増えている。

 筆者らは、一部の企業がなぜ他の企業よりもはるかに適切かつ迅速に顧客データを適用し、変動の多い不確実な市況に対応できるのかを知ろうとした。特に2020年に始まったパンデミックの最初の数カ月と、2022年に景気後退の波が顧客の需要に影響を及ぼし始めた頃に注目した。この間、一部の企業は、急増するカスタマージャーニーのデータとピボットを分析して、競合他社よりもはるかに迅速にマーケティングと営業の活動を適応させることができた。このように機敏に対応する企業には、AI(人工知能)モデルを活用して、カスタマージャーニーのさまざまな段階での結果や成果となる「アウトカム」を予測するという共通の特徴が見られた。たとえば、AIによって消費者行動の過去データを分析し、顧客がマーケティングキャンペーンに好意的に反応する可能性を予測するのだ。

 こうした企業には、ほかにどのような特徴が見られるだろうか。まず、競合他社が顧客の行動に事後的に対応するのに対し、彼らは先回りして顧客との関係に対処している。どの顧客が解約しそうか、その顧客を離脱させないために、どのような是正措置が取れるかをAIで予測する。

 一方、競合他社は顧客がすでに去ったのちに対応する。AIを活用する企業は、外的要因や市況の変化が理由で予測が外れた時、すぐにそれをフィードバックしてマーケティングと営業の取り組みの方向性を見直し、変更する。AIモデルによる顧客の反応の予測は、大量の実験を設計して実施するのと実質的に等しく、このような対応を実施する企業は、そうしたツールを利用しない他社よりも迅速に、市場の変化に対応できる。

予測モデルで変わる戦略のあり方

 化学製品の調達と流通をグローバルに手掛ける、ある商社の例を見てみよう。2019年初めに、この企業はAIベースの予測モデルを使い始めた。クライアントの提案依頼書に基づき、購入プロセスにおけるビジネスチャンスを把握するためだ。その結果、同社はクライアントの選考に残るための主な決定因子が、品質であることを学んだ。そこで、この情報を活用しクライアントとの間に生じるビジネスチャンスを追求するようになった。

 ところが2020年5月には、このAIモデルの予測は誤っていることが明らかになった。さらに分析すると、いまは配送に関する条件が、クライアントの選考に残れるかどうかのより適切な予測因子であることがわかった。そこで、同社はただちに世界各地でエンゲージメントモデルを切り替えた。この企業のリーダーは、以前はサプライチェーンの問題についての情報を、マクロ経済のデータや2~3四半期後の収益減を通して確認していた。しかしいまでは、AIによってクライアントの購入プロセスの中間アウトカムを予測し、迅速にマーケティングと営業のアプローチを切り替えて、市場の変化にうまく歩調を合わせられるようになった。

 もう一つの例は、イギリスの大手不動産デベロッパーのケースである。この企業は、2020年1月、テナントへの最適なインセンティブをAIで分析した。すると、法人用のスペースに30日以上借り手がつかない可能性は低いので、既存の法人テナントにインセンティブを与えることは控えめにすべきという結果が出た。さらに、その時の分析では、競合の価格を踏まえると、多様な用途に対応するワークスペースの賃貸は、法人用オフィススペースの賃貸よりも収益性が低いことが示されていた。

 しかし2020年2月下旬、まさにコロナ禍のかなり早い時期に更新されたAIモデルは、多様な用途に対応するワークスペースの拠点を30%増やし、既存のテナントを逃がさないために気前よくインセンティブを提供すべきだと提案した。この提案に沿って、デベロッパーは3月半ばには営業戦略を変更し始めた。マーケティングと営業の従来型モデルによる第1四半期(3月末まで)の結果にこだわり続けた競合他社と比べると、はるかに迅速な動きだった。競争の激しい市場では1カ月、あるいはわずか1週間先んじることが大きな差を生み出すことがある。

 以上の例では、アウトカムの予測のためにAIモデルを設定する際、それぞれの企業は目標を具体的に定める必要があった。たとえば、具体的なマーケティング予算を前提条件として、具体的な顧客獲得を達成するといった目標である。適切に設計されたAIモデルは正確な予測だけではなく、事業のアウトカムの向上も実現する。正確な予測による利益と、不正確な予測によるコストのバランスを取り、マーケティング予算のような組織の制約の枠内で機能する。AIモデルは過去データを使って訓練することで、企業の行動と、市場や顧客の反応の関連性について、より適切で精緻な情報を、迅速に企業へ提供することができるのである。

フィードバックループの役割を理解する

 工学の世界では、古典的な「センスアンドレスポンス」のフィードバックループが広く活用されている。例えば感知装置と制御装置の組み合わせなどだ。しかし、マーケティングと営業は伝統的にそうしたアプローチを欠いている。フィードバックループを通してシステムは、インプットの構成やシステムの特徴を変更して、アウトプットを向上させることができる。

 しかし、マーケティング施策においては、因果関係を確定したり明確なフィードバックループを確立したりすることが難しい。マーケティングの効果は遅れて出てくることが多く、顧客の反応は企業による複数の施策の効果が積み重なって得られたものであるためだ。フィードバックループが欠如しているために、企業はマーケティングや営業の取り組みの投資利益率を十分に評価することができなくなっている。さらには、その時々の経営幹部による戦略形成と、現場の最前線で行われている日頃の業務遂行との間に、ギャップが生まれている。

 AIの予測モデルは、個々の取引のような細かいレベルでも傾向を感知できる。こうしたモデルが提供する現場の情報は、マーケティングや営業の戦略をより迅速かつ頻繁に更新し、微調整するために用いられ、戦略と業務遂行のギャップを埋める。

 創業200年の北米のメーカーの例を挙げよう。同社はマーケティング活動においてリードジェネレーション(見込み客の獲得に向けた取り組み)を大幅に増やしたものの、売上げの大幅な増加は達成できずにいた。マーケティングに問題があると確信していた同社は、AIモデルでデータを分析したところ、マーケティング投資を増やすことで、実際に質の高いリードが生み出されていたが、それが総売上げの伸びにつながっていないことが改めてわかった。さらに分析すると、営業のリソース不足が問題の一因であることが明らかになった。営業チームはマーケティング投資を増加したことで得られた最良のリードだけを選び出し、フォローアップすべきだったほかのリードは無視していたのだ。

 このメーカーは、マーケティングに問題があるのではなく、営業のキャパシティに課題があることを理解した。AIの分析によって、営業とマーケティングの投資のバランスを適正化し、収益を向上させることができたのである。もしデータ分析が行われていなかったら、マーケティング部門と営業部門はサイロ化し、部門横断的な分析や迅速なリソース再配分はできなかっただろう。