また、ロシアによるウクライナ侵攻を機にロシアでの事業を中止した家電会社の例も同様だ。
同社はロシアとその関連市場での売上げを失うことで、収益が減ることは理解していた。それを相殺するために、どうすればマーケティング投資を他の市場に最適に再配分するかという難問に直面した。AIで最適化されたシナリオプランニングは、利用可能なマーケティング予算を再配分する最善の方法を提案した。予想される売上げの減少と、他地域での売上増による損失相殺に必要なマーケティング予算の増加を数値化したのだ。この分析からは、ロシア市場からの撤退による損失を完全に相殺するために、マーケティング投資を増やすのは高くつくことも明らかになった。だが、この分析のおかげで、同社は既存のマーケティング販促予算を他の地域に再配分して、最も有利な形で売上げの損失を抑えることができたのである。
セグメンテーションのプロセスを逆転させる
フィードバックループを重視し、AIモデルを活用することで、セグメント化も変わりつつある。
理論的に言えば、セグメンテーションとは、(1)共通のニーズを持ち(そのセグメントに役立つ、独自の商品やソリューションの開発)、(2)共通の識別できる特徴を持ち(ターゲットセグメントの顧客の識別)、(3)企業の行動に対して同じような反応をする可能性がある(エンゲージメント戦略の設計と、規模の経済の活用)顧客グループを特定するプロセスのことである。
実際には、アナログ世界のほとんどの企業はこの定義の最初の2つ、つまり共通のニーズと共通の特徴に注目する。したがって、それはアウトサイド・イン・アプローチの形を取る。すなわち「このグループが本当に必要としているものを見極め、どの企業よりも、そのニーズに応えるぴったりの商品を設計しよう。その結果、より高い価格を引き出せるだろう」という考え方だ。
一方、AIベースの予測モデルは、セグメント化においては3つ目の定義、つまり、セグメントのすべての顧客が企業のマーケティングと営業に同じような反応をする可能性に注目する。たとえば、どの顧客に外勤営業または電話営業のチームで対応するとうまくいくのか、どの顧客が特定の価格キャンペーンに好意的な反応をする可能性が高いか、などを問う。企業はAIモデルの予測によって、マーケティングと営業のリソースを適切に調整し、個々の需要の機会を満たすことができる。
予測モデルのターゲティング能力を踏まえると、既存の組織、または将来的に期待される組織のケイパビリティを前提条件とし、そのケイパビリティに最も適合しそうな顧客を見つけるほうが容易だ。これは特に、市況や顧客の行動が組織のケイパビリティの発展よりも速く変わる、変化の激しい環境に当てはまる。
AIの予測モデルはどこへ向かうのか
顧客の個々のデータが入手可能で、より正確な予測を提供するAIと機械学習の能力が備われば、企業はマーケティングと営業の機能を融合した、統合的な顧客対応組織をつくる方向へと向かうだろう。それによって、組織が優れた顧客体験を提供できるようになり、結果として収益が向上すれば理想的である。
例をもう一つ挙げると、ある世界的なメーカーはAIモデルを利用してマーケティング機能の向上を図ろうとし、当初は営業機会の優先順位付けに焦点を当てていた。ところがコストと価値を考慮するデータ分析では、既存のチャネルパートナーの維持に注力する外勤営業チームの活動コストは、マーケティングに費やした同程度のコストよりも、収益に大きな影響を与えていることが明らかになった。
チャネルパートナーの維持とマーケティング、そして営業全体にわたる、部門を横断したコストの最適化は、営業機会の優先順位付けのみに焦点を当てた場合よりも、総コストに対する総合的な事業のKPI(重要業績評価指標)に大きな影響を与えていた。AIによる完全に自動化されたアプローチで「データに語らせる」ことによって、従来のマーケティングと営業の活動にまたがり、事業のKPIに影響を与える可能性のある、まったく新しい経路を発見する。そして、こうした活動のリソースのバランスを最適な形で取ることができるのである。
デジタルネイティブの企業は、AIモデルの統合をすみやかに進展させるだろう。筆者らが懸念するのは、アナログ世界で成長したレガシー企業が2つの大きな障害にぶつかり、競合他社に後れを取ることである。
1つ目の障害は、営業、マーケティング、サポート部門の組織の壁であり、これが全社的な顧客対応機能の統合の妨げになるだろう。そして2つ目の障害は、この行き詰まりを打開できる唯一の存在であるCEOと取締役会が、AIベースの予測モデルによって企業の顧客や市場セグメントとの関わり方を再定義することに、往々にして無知なことである。
取締役会は、テクノロジーの専門知識があるメンバーがいない限り、これを実現するのに必要な組織改革を求め、進行できる可能性は低い。その証拠が、数多くの従来型の営業が主導する企業向けアプリケーションソフトウェア会社である。機敏なデジタルネイティブの競合他社は総合的なアプローチで顧客にサービスを提供し、データから機会を読み取るので、従来型の企業は防戦一方に追い込まれている。
AIをはじめとした機械は、マーケティングと営業の機能を乗っ取るのだろうか。答えはノーだ。マーケティングと営業を完全に機械に任せることはできない。白黒判別しがたい状況での決断には、やはり人間が必要である。また、戦略を更新する際には、AIが作成した提案に基づいて行動する前に、必ず人間がその提案の有効性を確かめるべきである。さらに、AIモデルに継続的にフィードバックを行うには、人間が常にアウトカムを監視する必要がある。
AIには多くの強みがあるとはいえ、間違いを起こさない完璧なツールではない。AIはあくまで人間の能力を補強するものであり、マーケティングや営業などにおける意思決定の方法を再構築し、競争優位を維持するうえで役立つツールにすぎない。
"Using AI to Adjust Your Marketing and Sales in a Volatile World," HBR.org, April 12, 2023.