レベル3:強力な行動指針の構築と組織内のコミュニケーション

 筆者らがインタビューしたリーダーたちは、整然としたシナリオの記述よりも、あらかじめ定義された行動や役割が重要になってくると、しきりに指摘した。ある経営者は、多くの企業がシナリオとそれに対応する行動を詳細に定義するのではなく、「あらゆるシナリオに対応するための一般的なガイドラインを使うようになった」と説明している。

 別の経営幹部は、次のように指摘する。「重要なのは、シナリオを具体的に決めることよりも、取るべき行動を判断することです。私たちが目指すのは、何か出来事が発生した場合にどうすべきかというシナリオがすでに描かれていて、すぐに実行に移せるようなものです」

 こうしたガイドラインの下、今回のパンデミックでは、中央集権的な意思決定ではなく、地域レベルでのスピードが優先された。たとえば、2020年当時は取締役会が運営上の意思決定に大きく関与していたが、筆者らのインタビューに答えた人々は、同様の出来事が再び起きた時に迅速な意思決定を行うため、取締役会が関与する頻度を減らして最新情報を重視することを提言した。

「何も決断しないよりは、10個の決断を素早く行い、いくつか失敗するほうがいい」と、あるリーダーは語っている。最上層のリーダーシップは「取るべき行動の大まかな方向性」を組織に伝える必要はあるが、それ以外は行動指針によって導くことができる。重要なのは、シナリオプランニングの手法を成功させるためには、すべての関係者の責任を前もって明確に定義しておく必要があるということだ。

 ただし、ロシアのウクライナ侵攻については、とらえ方が異なる。リーダーたちは企業の評価が危機にさらされていることを強調し、社内のあらゆる組織が一貫した共通のメッセージを発信し続けることが必要だと語った。取締役会の役割は、意思決定を導き、そのプロセスを慎重に進めることであり、経営チームの重要な最初の行動は、必要な情報を提供することだった。

 あるリーダーは、このような状況において、行動に移る前に「深い理解を求める」ことを推奨している。このように、リーダーは行動計画を策定する際に、より熟慮すべき危機の特徴を明確にしておく必要がある。

レベル4:危機管理を組織構造に組み込む

 筆者らが調査した企業の大半は、従来の中央集権的なシナリオプランニングから離れ、パンデミック対応の一環として意思決定権を地域レベルに委譲していた。この方針は定着し、あるリーダーは「ヒエラルキーに基づくマネジメントから、より地域に根差したアプローチに変化している」と語った。

 ほかにも、分散化されたオペレーションは企業に情報の優位性をもたらし、特異なリスクにさらされるリスクを減らして、必要な時にロシアから迅速に脱出することができるという見方もある。組織内に目を向けると、これらの変化の結果、ほとんどの経営幹部が自社が2019年よりも実力主義になり、政治色が薄まったと感じている。

 ローカライゼーションを超えて、危機管理のための組織内のさらなる提携については、企業によってかなりばらつきがあった。約半数の企業は、既存の組織構造やプロセスの中でこれらの出来事を処理し、その多くがパンデミックや戦争対策を担当するエグゼクティブチームのメンバーを任命していた。それ以外の企業の多くは、新たにタスクフォースを立ち上げた。パンデミックのための一時的なタスクフォースが、2回目の危機が訪れた後に恒久的なものになる場合も少なくない。

 興味深いことに、衝撃を経験する前から存在していた構造やプロセスをもとに、創造的な方法で調整した企業もあった。その好例といえる企業は、業界の大きな変動に対応するために、ビジネスプランニングと予測を専門とするチームをすでに持っていた。この部門はルートプランニングやキャパシティマネジメントの専門家で構成されており、緊急事態に対処するガイドラインやプロセスも確立していた。その結果、経営上層部が業務上の意思決定に関与する必要がなかった。「緊急事態は、私たちにとって通常業務だ」と、担当の幹部は述べている。

 パンデミックが発生すると、この部門はCOOとそのチームの管轄下に置かれ、そのプロセスと実践が全社的な対応の基礎となった。この部門は発展し、ウクライナ戦争の影響にも対応した。次に何か不測の事態が起きた時のために、いつでも待機している。このような仕組みは、企業が今後、新たなリスクを管理するうえで、有力な方法になるかもしれない。

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 シナリオプランニングが通用しなくなったわけではないが、リーダーはその有用性をよく考えなければならない。グローバル企業は、次から次へとやってくるさまざまな衝撃に直面している。そのような状況下では、より大きなツールが必要になる。すなわち、未知のリスクや衝撃の特徴が企業の脆弱性や強みとどのように相互作用するかを認識する包括的な能力で、あらゆる状況に合わせた計画を補完するものだ。

 先進的な企業は、さまざまな状況に対応するために、社内のコミュニケーションや構造をさらに発展させていくだろう。プランBは恒常的に存在すべきではないが、その目的は未知の未来を正しく予測することではない。衝撃に対処するための適切な準備をすることが、目的である。


"When Scenario Planning Fails," HBR.org, April 21, 2023.