水平方向の「視点の交換」
視点の交換は、セールス部門、マーケティング部門、人事部門など、異なる部署の間で水平方向に行うこともできる。
ベンチャーキャピタリストのベン・ホロウィッツも、投資先の企業で「視点の交換」を実践したことがある。ある会社で顧客サポート部門とセールスエンジニアリング部門が互いに対して「辛辣な不満」をぶつけ合っていて、コラボレーションを拒んでいることに気づいたためだ。母親と娘の中身が入れ替わってしまうという設定のコメディ映画『フォーチュン・クッキー』を見たばかりだったホロウィッツは、両部門のトップに役職を交換するよう指示した。
その試みは功を奏した。わずか1週間で、両部門のトップは、相手の直面している課題についての理解が深まり、対立の原因になっていた問題を解決することができたのである。
筆者が所属するソフトウェア企業アサナ傘下のシンクタンク「ワーク・イノベーション・ラボ」では最近、企業のIT専門家、とりわけ最高情報責任者(CIO)と最高技術責任者(CTO)の役割について研究してきた。この研究を通じてわかったのは、企業のIT専門家たちが社内の3つの部門のビジネス上のニーズをよく理解できていないという実態だった。その3つの部門とは、法務部門、財務部門、人事部門である。
しかし、IT部門にとって、部署の垣根を越えてこれらの部門とコラボレーションを行うことは極めて重要だ。IT部門のメンバーは、サイバーセキュリティ関連の脅威に対処するために法務部門と、コストを削減して利益を増やすために財務部門と、デジタル上の従業員体験を改善するために人事部門とコラボレーションを推進する必要があるのだ。
あなたの会社で「視点の交換」により最も大きな恩恵を受けられるのは、どの部署だろうか。さまざまな部署のメンバーに、一時的に役職を交換させることにより、これまでよりも相手の立場に身を置いてものを考え、お互いのことを深く理解するよう促すことができる。理想的に進めば、生産的な組織変革を起こせるかもしれない。
特定のプロジェクトや活動における「視点の交換」
「視点の交換」は、特定のプロジェクトや活動、変革の取り組みに関連して実践した場合にも大きな効果を生む可能性がある。たとえば、AI(人工知能)関連の取り組みに関して、このアプローチを試みてもよいだろう。
AI関連の取り組みが期待はずれの結果に終わる大きな理由の一つは、開発担当者がエンドユーザーと切り離されていることにある。その点、エンドユーザーを開発プロセスに参加させれば、導入されるAIシステムがエンドユーザーのニーズに適合したものになり、目に見える価値を生み出せる確率を高めることができる。
ワーク・イノベーション・ラボでは最近、アサナのマーケティング担当者たちに、自分たちの日々の業務でどのように生成AIを用いればよいかを提案させてみた。マーケティングチームの面々が、開発担当者たちからテクノロジーを押しつけられるのではなく、言わばみずから「運転席」に座り、どうすれば新しいテクノロジーを日々の業務に取り入れられるかを話し合ったのだ。
「視点の交換」は、イノベーションが実践されやすい組織文化を育み、現場へのエンパワーメントを強化することを通じて、関係する人すべてにとってより好ましい結果を生み出せるのである。
「視点の交換」はなぜ効果があるのか
「視点の交換」の中核を成すのは、ある状況を見る視点は常に複数あるという考え方だ。しかし、このアプローチは、新しい着想を得ることだけを目的としているわけではない。「認知的柔軟性」を育むことも目的の一つだ。認知的柔軟性とは、新しい状況や変革の取り組みに対して、創造的に、そして適応力を持って対応する能力のことである。
また、「視点の交換」には、心理学者のダニエル・カーネマンが言うところの「システム2」の思考を後押しする効果も期待される。私たちの思考を支配するのは、速くて直感的な「システム1」の思考だが、「システム2」の思考はそれと異なり、ゆっくりしていて慎重だ。リーダーがこのような思考モードを持つことの価値は極めて大きい。リーダーはしばしば、死角に陥ってしまったり、確証バイアス(自分の既存の思い込みを裏付けるような情報ばかりを探してしまう傾向)の影響を受けたりするからだ。
「視点の交換」は、リーダーとメンバーと組織が変化を受け入れて、それに適応するために欠かせない思考の柔軟性を獲得する手立てになる可能性がある。作家ダン・ブラウンの表現を借りれば、「時には、視点を変えるだけで光が見えてくる場合もある」のだ。
"How 'Perspective Swaps' Can Unlock Organizational Change," HBR.org, May 16, 2023.