従業員のシニシズムは職場を急速に蝕んでいく
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サマリー:職場の冷笑主義(シニシズム)は燃え尽き症候群(バーンアウト)の一側面であり、組織に深刻な悪影響を与える。シニシズムは消耗や疲労、冷笑的な態度、自己効力感の低下として現れ、感情の伝染によってチームや組織... もっと見る全体に広まる。さらには従業員の退職意向の最大予測因子であり、組織の生産性とエンゲージメントの低下につながる。そのため組織はシニシズムの原因と影響を認識し、反シニシズムの組織文化を構築する必要がある。 閉じる

反シニシズムの組織文化を構築する

 ジェイソンが筆者とエグゼクティブコーチングを始めたのは、ちょうど彼の会社が年末の忙しい時期を脱した頃だった。チームリーダーが突然退職したため、輪をかけて忙しかったという。メンバーたちは怒りを爆発させ、権力闘争が起こり、会議は罵り合いや人格攻撃に発展し、「ショッキングなほど醜い」状態になった。

 だが上層部は、「人事の問題」をその年の目標を達成するまで保留し、介入しなかった。ジェイソンは、仕事量が増えただけでなく、ストレスを抱えた同僚たちの間を取り持とうとして、かえって闘争に巻き込まれることになった。傷つき、怒り、サポートされていないと感じた彼は、同僚と距離を置くようになり、どんどん仕事が嫌になっていった。そして、筆者にコーチングを依頼した時には、やる気を失い、仕事への愛着を失い、燃え尽きていた。

 ジェイソンの話は、燃え尽き症候群(バーンアウト)の主要な側面の一つでありながら、あまり理解されていない「職場の冷笑主義」(シニシズム)を浮き彫りにしている。最近、筆者は、このように幻滅したり、組織への信頼感を喪失したりすることに悩む労働者が増えているのを目の当たりにしている。リーダーは、職場のシニシズムの原因と影響を認識し、反シニシズムの組織文化を創造するための措置を講じる必要がある。

職場のシニシズムの危険性

 ジェイソンの場合は、複数のストレスが短期間のうちに重なったことにより、急速にバーンアウトへと陥ったが、ほとんどの場合は、職場のストレスが長期にわたり対処されないことが原因で発症するため、一般的なケースはこれほど劇的ではない。しかし、だからといって苦痛が少なかったり、影響に緊急性がないわけではない。心血管疾患、筋骨格系の痛み、不眠症、抑鬱症状、疲労、免疫機能の低下、頭痛以外にも、バーンアウトの悪影響は数多くある。燃え尽きた従業員は、欠勤しやすく、仕事の満足度やパフォーマンスも低下しやすい。

 筆者のクライアントや会議参加者、調査参加者は、現在の仕事について、このように語っている。

「いまは、ただ仕事をこなしているだけです。妻が昇進するまで我慢して、その後は辞めるつもりです」(ヨッヘン、プロダクトマネジャー)
「努力して何の意味があるのでしょうか。自分のやっていることで何かが変わるとは思えないのです」(アドリアナ、非営利団体ケースワーカー)
「我々の仕事は、結局どうでもよいのです。いくら悪人を逮捕しても、検察が仕事をせず、また外に出してしまうのですから。やる気が失せますよ」(トニー、警察巡査部長)
「教師に対する保護者の期待は、ありえないほど高く、常軌を逸しています。昔から好きでやっていた趣味をやる気力も、元気もなくなりました」(マリンダ、中学2年生教師)

 バーンアウトの公式な定義はないが、専門家の間では一般的に、次の3つのコア属性によって特徴づけられる「職場の症候群」であると認識されている。(1)消耗や疲労、(2)仕事に対する冷笑的または否定的な態度、(3)仕事における自己効力感の低下、つまり、自分はもう生産的ではない、最高のパフォーマンスを発揮できないという感覚である。

 上記(2)の「職場のシニシズム」は、その複雑さゆえに、最も理解されていないバーンアウトの側面だろう。原因や影響が比較的単純な(1)「疲労」と(3)「自己効力感の低下」とは対照的に、シニシズムは、職場のさまざまな要因によって引き起こされ、幅広い感情状態や行動として現われる。

 バーンアウトに関する初期の研究では、シニシズムは「脱人格化」と呼ばれ、自分が仕える人々から過度に切り離された状態であるとされていた。しかし、これは単に距離を感じることではなく、精神的、感情的に疎外された結果、周囲の人々の個性や人間らしさが失なわれていくように感じる状態である。クライアントを顔のない「案件」として見ている人や、スタッフを表計算ソフト上のデータセットとして見ているマネジャーなどが、脱人格化に陥った労働者の例である。

 最近の研究では、シニシズムの定義が拡大され、クライアントや顧客、仕事に対する否定的な態度や不適切な態度、仕事中のイライラ、理想主義の消失、仕事からの離脱も含まれるようになった。シニシズムは、無気力、悲観、諦め、離脱、無関心、絶望、怒り、無感覚、成績不振、行き詰まり感、信頼の喪失などの形で現れる。

 どのような形で現れるにせよ、職場のシニシズムは、けっして何らかの性格的欠陥や、悲観的思考(コップの水が「もう半分しかない」)に起因するものではないことを肝に銘じたい。原因は個人ではなく、職場環境にある。実際、職場のシニシズムや脱人格化を個人の自己防衛的な対処の一形態と見ている専門家は多い。人と距離を置いたり、殻に閉じこもったりするのは、仕事によって引き起こされる情緒的消耗や疲労と自分との間に、バッファーを設ける自己防衛的な手段である。楽観主義者であっても、高度のストレスにさらされ、特に高いレベルでそれが続けば、この防御策は崩れることがある。