シニシズムは、個人と組織の両方の健全性を損なうおそれがある。すぐに思考を支配し、従業員を圧倒的なネガティブ思考、いら立ち、悲観主義に陥らせる。かつて職場で活力と喜びの源だったものが、輝きを失い、乗り越えられない苦難に思えてくる。殻に閉じこもり、不信感によって人間関係が悪化し、ジェイソンと同僚たちがそうだったように、別人のように喧嘩腰になったりすることもある。

 シニシズムに陥った従業員は、同僚やリーダー、組織に対する信頼や、パフォーマンス、稼ぐ力が低下し、離職率が高くなるという研究結果もある。バーンアウトの専門家であるカリフォルニア大学バークレー校名誉教授のクリスティーナ・マスラックとディーキン大学名誉教授のマイケル P. ライターは、「シニシズムが進行すると、全力を尽くそうとしなくなり、必要最低限のことしかしなくなる」と述べている。エンゲージメントの低下だけでも、世界経済における生産性損失額は、7.8兆ドルに上る。

 また、シニシズムは、「感情の伝染」と呼ばれる現象によって、チームや組織全体に急速に広まる。従業員は、親しい同僚のネガティブな態度や批判的な態度を感受し、それに同調しやすく、そのため全員がストレスを増し、能力が低下し、バーンアウトに陥りやすくなる。

 バーンアウトの3つの要素のうち、シニシズムは、従業員の退職意向の最大予測因子である。たしかにそうだろう。シニシズムにモチベーションを奪われ、改善への道筋が見えなければ、いまいる職場環境を変えるよりも諦めるほうがずっと簡単だからだ。それまで満足し、モチベーションもエンゲージメントも高かった従業員を、退職や成績の悪化で失うことは、職場のシニシズムがもたらす最も悲劇的な影響の一つである。

反シニシズムの組織文化を醸成する方法

 いかにも悲惨な状況だが、根強いシニシズムも改善することは可能であり、さらにいえば、シニシズムが組織に感染するのを防ぐこともできる。いま存在しているシニシズムを改善し、職場に反シニシズムの文化を醸成するための戦略をいくつか紹介する。

 まず自分自身をケアする。リーダーは、自分自身の感情や行動を観察する自己認識(セルフアウェアネス)と、部下に期待するポジティブな感情や行動をみずから投影する自己制御(セルフレギュレーション)を実践する必要がある。

 自分の中にネガティブな感情やシニシズム、無関心が芽生えていると感じたら、効果的な小さい対策を講じて、楽観や希望を取り戻そう。ニュースやSNSの利用を制限する、感謝していることを書き留める、ネガティブな感情について信頼できるアドバイザーに相談する、自然の中や大切な人と過ごす時間を増やす、人の欠点ではなくよいところに目を向ける、などはシニシズムの支配を緩めるのに役立つ。

 ジェイソンは、自分のネガティブな態度を変えるために、同僚の長所や愛すべき点をリストアップした。そのかいあって、ポジティブな記憶を取り戻し、それまでとは別の角度からチームとコミュニケーションを取れるようになった。

 ネガティブな感情の伝染を止める。部下の冷笑的な態度や行動(ネガティブ志向、天を仰ぐ、噂話、非難など)に気づいたら、すぐに対処してネガティブな感情の伝染を止める。一対一の面談を行い、相手への期待を伝え直し、何がその行動を引き起こしているのかを探る。深く共感的な傾聴が冷笑的な感情を和らげることがある。本人の意見と関与を得ながら、その行動の原因となっている職場の状況を改善する。

 共感を奨励し、実践する。シニシズムとは異なり、共感(シニシズムのアンチテーゼと呼ばれることもある)は、出会う相手や経験から、最悪の事態を予測するような限られた視点ではなく、他者の視点から物事を見させてくれる。部下のことを知り、彼らの視点を受け入れ、彼らの意見に耳を傾けて、共感し合える職場環境をつくり出そう。部下の懸念を無視したり、後回しにしたりせず、それに対して行動を起こすことだ。

 信頼を育む。信頼度の高い企業の社員は、信頼度の低い企業の社員に比べて、ストレスが74%低く、仕事への活力が106%高く、生産性が50%高く、エンゲージメントが76%高く、バーンアウトが40%少ないという調査結果がある。社員が自分の気持ちや考えを正直に話し、恥や非難を恐れずに、失敗もできるような心理的安全性の高い環境づくりを推進する(その環境は、イノベーションも促進する)。信頼の欠如を示すマイクロマネジメントは、その衝動に駆られても避ける。

 透明性を確保する。デロイトの調査によると、シニシズムに陥って退職を考える従業員の約半数が、主な理由として透明性のあるコミュニケーションの欠如を挙げている。特に自分に影響のある決定事項に関して蚊帳の外に置かれたら、誰でもよい気持ちはしない。したがって、影響力のある決定事項を従業員と共有し、開かれたコミュニケーションを怠らないこと。また、失敗や間違いがあった場合は、それを隠蔽せずに認め、組織として対処することだ。

 従業員の自由度を高める。シニシズムやネガティブな感情は、無力感や自律性の欠如から生じることが多い。従業員は、いつ、どこで、どのように働くかを自身でコントロールできないと感じると、主体性や活力を失い、状況改善に対する希望も失う。可能な限り柔軟な勤務体系や勤務形態を提供しよう。方向性を決める際の協力や、アイデアを従業員に求め、成果物に対するオーナーシップを与えよう。

 不確実性と曖昧さを取り除く。不確実性はストレスや不安の最大要因の一つである。何をするのか、なぜするのか、という目標が曖昧だと、従業員は方向性を見失い、軽んじられているように感じる。ミッションだけでなく、チームや個人への委任事項も明確で達成可能なものとし、自分自身の役割や責任も従業員に伝えておこう。

 ポジティブ志向を少しずつ取り入れる。企業全体の文化を変えることは不可能かもしれないが、職場の日常にポジティブ志向を少しずつ取り入れることで、ストレスを軽減し、人とのつながりやエンゲージメント、士気を高めることができる。たとえば、面と向かってお礼を言う、チームにランチを奢る、成功を一緒に祝う、午後3時に終業を宣言し、チーム全員でボウリングやビリヤードに出かけるのもよいだろう。

 また、ジェイソンが実践しているように、定期的に誰かのデスクに感謝のメモを置くという方法もある。そうすることで、チームメンバーが認められ、感謝されているという感覚を得られる。また、その温かい気持ちによって、職場の感情面のトーンがリセットされ、傷ついた人間関係が修復され始める。

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 感情の伝染のよいところは、マイナスもプラスもある点だ。そのため、共感、信頼、感謝といった感情や、誠実な理想主義もその気になれば簡単に広まる。ポジティブ志向が蔓延する職場環境には、シニシズムの入り込むすきはないのである。

編集部注:プライバシー保護のため、個人名は仮名としている。


"Has Cynicism Infected Your Organization?" HBR.org, May 25, 2023.