従業員がみずから学ぶ組織文化を構築する方法
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サマリー:テクノロジーと社会の絶え間ない進化に伴い、仕事はリアルタイムで変化している。今日の労働者はどのように学習や能力開発をすれば、効果的に時代に適応できるのか。企業に求められるのは従業員を「熟練の学習者」へ... もっと見ると育てることである。それは、みずから学び、効果的に学習するスキルを持ち、その学習を自分やチームにプラスの影響を与えられる存在である。 閉じる

常に変化する企業の学習ニーズ

 ウォルマート・カナダにおいて、同社のケンドラ・グラントの率いるチームが従業員9万人に向けた学習体験の設計と提供を担当することになった時、グラントは学習デザインのシニアディレクターとして、企業の学習ニーズが常に変化していることを認識した。

「エンゲージメントの欠如や従業員の定着率が低いことなど、私たちが目にした問題の多くは、学習者の責任ではなく、設計プロセスの結果であることがわかってきました」と、現在は独立して社員教育・能力開発(L&D)関連のビジネスを展開するグラントは言う。

 組織でリーダーシップを発揮する役割を担う人であれば、おそらく同じようにこの問題を認識していることだろう。テクノロジーと社会は、従業員が適応できるペースを超えて変化し続けている。OECDによると、今後5年間で11億人の雇用が失われる見込みだ。世界中の従業員がアップスキリング(現在の仕事内容を向上させるための学習)やリスキリング(新しいタイプの仕事をするための学習)を必要としている。

 その兆候に注目して、学習と能力開発に多額の投資を行っている企業もある。たとえば、ウォルマートは従業員のリスキリングに10億ドルを投資している。マクドナルドは過去8年で1億6500万ドルを投じ、従業員7万2000人の能力向上を後押ししている。タレント開発協会(ATD)の最新の調査によると、平均的な組織は従業員1人につき約1300ドルを専門的な学習のために費やしている。マイクロソフトCEOのサティア・ナデラは、すべての人に 「learn-it-all」(何でも学ぶ)ことを強く勧めている。

 今日の労働者は、明日の仕事に備える必要がある。しかし、仕事がリアルタイムで変化する中で、どうすれば効果的に適応できるだろうか。不安定で曖昧な未来に立ち向かうために、いまどのようなスキルを身につければよいだろうか。そして、雇用主はどのように彼らを支援できるだろうか。

 これらの疑問に対する答えは、シンプルだが簡単ではない。雇用主は、従業員が熟練した学習者になるように支援しなければならない。学習意欲を持ち、効果的に学習するスキルを持ち、その学習を自分やチームのパフォーマンスにプラスの影響を与える形で応用できる人材になるよう支援するのだ。

視野が狭いままの人々

 従来、組織内の学習は一つの部門によって推進されてきた。従業員のやる気を引き出して能力開発を支援するための一般的な試みとして、学習・能力開発チームは(たった一人で構成されるチームの場合もある)、事業部門のマネジャーやリーダーの注文に応じて、教室での研修やオンラインモジュールなど形式ばった学習支援を提供する。これらの取り組みに加えて、高等教育機関で学位や修了証取得のプログラムを受講するための学費援助も多く導入されている。

 近年、企業はデジタルの「学習管理システム」や「学習体験プラットフォーム」を構築しており、従業員が自分のペースに合わせてオンデマンドでアクセスできる、言わばネットフリックス型の学習コンテンツのメニューを提供している。

 しかし残念ながら、従業員の学習に関するこうしたアプローチは、いくつかの理由から今日の課題に対応していない。

遅きに失する

 コンテンツの作成が、その内容が必要なタイミングから大幅に遅れるため、利用可能なコンテンツが現在のニーズに合っていない。また、従業員がいま、新しい知識やスキルを必要としているのに、その翌月に受講しても役に立たない。

最大公約数の内容は誰にも合わない

 学習者はそれぞれ異なり、さまざまな強み、経験、課題を持っている。各人がそれぞれ異なる文脈で仕事をしているのだから、有意義な学習とスキルの向上を支援するためには、よりパーソナライズされた学習が必要である。

応用へのサポート不足

 コンテンツを押しつければ新しい情報を伝えることはできるが、効果的なスキルを身につけるためには、コーチングや強化、安全で本格的な実践の機会が必要である。

文化的なずれ

 リーダーは学習が大切だと口では言うが、デロイトによると、労働者が学習に使える時間は全体の1%足らずだ。さらに学習は、新しいことに挑戦して失敗することが必要になるため、やっかいなものになりうる。一部の組織で見られるように、そうした間違いを罰するなら、人々は学習から遠ざかるだろう。

学習者の経験とアイデンティティ

 すべての人が生涯、学び続けたいと思っているわけではなく、すべての人が学習を効果的に活用できるスキルを持っているわけでもない。さらに、開発プログラムにおけるバイアスは、一部の人だけに学習する能力があり、だからこそ投資に値するという考え方を強化しかねない。このバイアスは労働者にも伝わる。

解決策

 今日の、そして将来の課題に向けて、学習に対するこうした障壁に対処する必要がある。結局のところ、学習は、人々が変化に適応し、さらには変化の推進力になることを可能にする。しかし、マシュー・ダニエルがチーフラーニングオフィサーのウェブサイトで指摘しているように、学びたいと思っている人も、何を学べばいいのか、どのように学べばいいのか、わからないことがある。

 専門的な学習には、2つの重要な条件がある。1つ目は文脈だ。学習には時間と空間が必要である。新しい知識やスキルを測定可能なパフォーマンスの向上につなげるためには、タイムリーで実用的なフィードバック、コラボレーションの機会、必要なものが必要な時に与えられる支援が必要なのだ。

 2つ目は能力だ。人にはそれぞれに才能や強み、関心、課題、経験があり、これらの要素が、新しい知識とスキルにどのように取り組み、理解して、応用するかということに影響する。すべての人が必要な学習スキルや行動を身につけているという前提で考えることはできないし、学習能力を事前に効果的に測定することもできない。

 しかし、「学びのユニバーサルデザイン」(UDL)のフレームワークに基づく主要な学習行動を学び、応用するための選択肢を提供することで、すべての人が熟練した学習者になれるように支援できる。

 UDLは、ハーバード大学教育大学院の神経心理学者デイビィッド・ローズの指導の下、非営利の教育研究開発団体CASTの研究者と臨床医によって1990年代に考案された。現在では、すべての学習者に包括的でインパクトのある学習を支援する手段として、米連邦政府の教育当局も推奨している。これには労働力の準備や訓練も含まれる。

 簡潔に説明すると、UDLは、安定したやりがいのある目標を設定し、その目標を達成するための柔軟な道筋を提供しながら、学習者の違い(強み、関心、考え方、文化などの多様性)を受け入れた学習を支援する。

 学習経験の創造にUDLを利用する際は、学習を、初心者から熟練者まで連続的に存在する一連の行動やスキルとして考えるとよい。初心者の学習は、主に外部の力によって導かれる。指示されたことを、指示された時に、与えられた理由のために学ぶ。彼らはトップダウンの画一的なトレーニングが対象とするタイプの学習者である。

 初心者より1段階レベルが高いのが、自律型の学習だ。何を、いつ、どのように学ぶかを学習者が自分で決めて、みずからの学習を主導する。

 熟練者の学習はさらに1段階進んで、具体的な学習スキルを用い、戦略的なパフォーマンスの向上に重点を置く。彼らには学ぶ意志とスキルがあり、学習を効果的に活用する方法を見極めることができ、常に新しい課題やスキル向上の方法を探している。つまり、急速に変化する現代の職場に最も適応できる学習者だ。