道筋2:提供価値を拡大する

 第2の道筋は、チャットGPTを使って、既存の製品やサービスを補完する形で顧客の新たな問題を解決することによって、提供価値を拡大するというものだ。

 カーンアカデミーは、すべての生徒に無料で世界レベルの教育を提供するというミッションの下、2006年に創設された。何も書かれていない背景から始まり、カラフルな手書きの文字で埋められていく短いオンライン動画の提供を主な手段とし、やがて毎月約2000万人のユーザーを抱えるまでに成長した。

 同団体は最近、カーンミーゴと名付けられたAIの個別指導教師の開発を通じて、チャットGPTをプラットフォームに取り入れた。このツールは、オンライン動画と練習問題をより効果的に使用して生徒を助けるだけでなく、教師に対しても、指導法を説明して授業計画の作成を手伝うという形で支援することができる。

 みずからの視点を明確に定義し、それを変える方法を学ぶことで、この道筋を進むことができる。創発思考を用いてこれを行うには、最初に提供価値を3つの中核要素に分解する。

・顧客が達成しようとしている目標
・顧客がそれらの目標の達成を目指している状況
・具体的なターゲット顧客層

 これらを定義したら、次のステップでは、各要素を新たな方向に拡大するうえでチャットGPTの中核機能(道筋1を参照)がどのように役立つかを検討する。

 カーンアカデミーがもともと焦点を当てていたのは、幼稚園から高校3年生までの生徒に向けて(ターゲット層)、完全にオンラインで(状況)、学習テーマを自分のペースで学ぶ(目標)よう支援することであった。

 同団体はチャットGPTを用いて、自己主導型の練習やAI教師によるオンライン学習を促進することで、生徒の目標を拡大した。加えて、ターゲット層を教師にまで拡大し、以前には不可能だった新たな目標の達成を後押ししている。

 定義付けと拡大の2段階から成るこのプロセスは、デザイン思考を補完するスキルとなる。デザイン思考では通常、多くの異なる解決策を考えてから、それらを一つに集約して実行することが奨励される。だが創発思考では、その同じブレインストーミングのテクニックを、解決策ではなく問題に適用する。

 このプロセスで重要なのは、オープンな姿勢を保ち、問題の決定を急ぎすぎないことだ。これは、不確実な状況下では特に難しいかもしれない。チャットGPTは企業に対し、迅速に動かなければ将来の生き残りに大きく差し障るという、かつてないレベルのプレッシャーを突きつけている。

 とはいえ、研究によると、そのプレッシャーに耐え、より幅広いイノベーションの選択肢を模索することも可能だという。そのためには、信頼できる協働者とともに取り組み、不透明性をより効果的に乗り超え、より大きなリスクを共同で引き受けるとよいだろう。

道筋3:新たな提供価値を探求する

 最後の道筋は、顧客がまだ必要性に気づいてすらいないようなまったく新しい提供価値を、チャットGPTを使って探るというものだ。これは従来のイノベーションの手法には反するかもしれないが、ブレークスルーの創出を促すためによく言われるアドバイスと一致する。

 たとえば、スティーブ・ジョブズはiMacの開発中に何らかの市場調査をしたのか尋ねられた時、こう答えた。「フォーカスグループを通じて製品をデザインするのは本当に難しい。多くの場合、人は形にして見せてもらうまで、自分が何を欲しているのかわからない」

 この英知をオープンAIは大いに活用していると思われ、チャットGPTを一般公開した現在、さまざまな状況で新しく意外な目標を達成するために使える無数の方法を発見している。

 このイノベーションの道筋は、創発思考の最も純粋な形を反映するものである。最も不確実性が高いため、最大の注意を払いながら追求しなくてはならない。

 大きな困難が生じるのは、さまざまな目標、状況、ターゲット層に関するブレスト(道筋2を参照)で特定された数十の問題を、焦点とすべき一つの問題に集約する時である。

 組織がかなり明確な提供価値を有している場合は──インスタカートにおけるオンライン注文の迅速化や、カーンアカデミーにおけるオンライン教育の質の向上など──重要な顧客ニーズを反映するとは思えない、非現実的な問題を除外するのは容易かもしれない。

 しかし、顧客ニーズがまだ定かではなく、テクノロジーと並行して明らかになっていく場合、チームで追求すべき共通の方向性について合意するのが難しくなる。

 これが特に困難になるのは、イノベーションに欠かせない多様な視点を取り入れようとしている時である。チームメンバーは協働に最大限に前向きであっても、プロジェクトを別々の方向に引っ張り合う可能性があるからだ。

 この困難を乗り越えるには、中核的な提供価値を要約する、明確で筋の通ったアナロジーを見つけるとよい。

 たとえば、スタートアップのトームは、チャットGPTを用いて顧客がオンライン上のドキュメントや動画、デジタルコンテンツをもとに優れたプレゼンテーションを作成できるよう支援している。しかし、提供できる具体的なメリットをすべて強調するのではなく、自社の製品を「AIのストーリーテリングパートナー」と表現している。

 このシンプルなコンセプトによって、多くの異なる機能を一貫性のある製品体験に集約しやすくなり、開発者と顧客の両方がその価値を容易に理解できる。

 製品を表すアナロジーを考え出すことで、中核的な提供価値に寄与しない可能性のある機能の開発に、貴重なリソースを浪費することを回避できる。そして顧客がさまざまな機能について、およびそれらがなぜ役立ちうるのかについて、明確なメンタルモデルを形成できるよう後押しすることにつながる。

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 チャットGPTは、多くの業界で膨大な数の顧客に向けて価値を解き放つ可能性を持つ、前代未聞のテクノロジーである。だが、私たちの誰もがAIとともに未知の領域へと踏み入っているため、その見返りを求めることには大きなリスクも伴う。マイナスではなくプラスの結果を生むためにAIを活用できるよう、効果的な使い方を学ばなくてはならない。


"Discovering Where ChatGPT Can Create Value for Your Company," HBR.org, June 09, 2023.