
問題を十分に理解していなくとも、イノベーションのアイデアを生み出す
オープンAIは2022年11月に主力製品のチャットGPTをリリース後、わずか4日で100万ユーザー、2カ月で1億ユーザーを獲得し、ほかのどのテック大手よりも75%以上速いペースでこの数字を達成した。
ユーザーのプロンプトのみに対応するAIチャットボットとして始まったチャットGPTは、急速に進化し続けている。いまではデータの分析や画像の解釈といった機能も備わり、高校生から経営幹部に至る、あらゆる人々が、新しく生産的な使い方を見つけるためにチャットGPTを学ぼうと躍起になっている。
チャットGPTのインパクトが広がる速さ、その規模、範囲は他に類を見ないかもしれないが、根底にある現象、つまり新興テクノロジーがビジネスと社会を広く変革するのは、珍しいことではない。とはいえ、新興テクノロジーの力を活用するには、新しいアプローチが必要だ。
チャットGPTには、従来のイノベーションの手法(デザイン思考など)とは根本的に異なる難しさが伴う。対処すべき問題や解消すべきユーザーの悩みの種、達成すべきKPI(重要業績評価指標)が明確に存在するわけではないからだ。
実際にチャットGPTは、一見すると、およそあらゆる業界、領域や状況における問題を解決できるように思える。したがって、使いこなすにはこれまでとは異なるスキルが求められる。それは創発思考、すなわち、解決が必要な問題を十分に理解しないまま、イノベーションのアイデアを生み出すことである。
筆者らのうち2人(ジョナサンとジェニファー)が先頃実施した研究では、この種のイノベーションにおける重要な思考プロセスを明らかにしている。まずはテクノロジーの中核機能を理解したうえで、さまざまな領域の問題を解決するためにそれがどう使えるのかを探る、というものだ。
ほかにも創発思考の特徴として、成功要件がわからないままアイデアを検証する、準備や計画をほとんどせずに即興でアイデアを出す、プロジェクトで目標とする成果を変更する、などがある。
これらの作業は、効率性と信頼性を高める模範的なビジネス慣行とは相容れない傾向がある。また、デザイン思考において、解決に向けたアイデアを生み出す前に、ユーザーにとっての明白な問題を特定すべしとする主要原則の一部にも反するかもしれない。
それでも、イノベーションに向けてチャットGPTを活用しようと試みる際には、創発思考は不可欠である。そしてこのことは、ほかのいかなる新興テクノロジーについても同様だ。
多くの企業はすでに、自社の製品やプロセス、サービスにチャットGPTを取り入れ始めている。筆者らは、この急成長中のイノベーション環境を分析し、リーダーがチャットGPTの導入を成功させる可能性を高めると同時に、潜在的な危険も回避するために役立つ、創発思考の3つの道筋を特定した。
道筋1:既存の提供価値を活用する
第1の道筋は、自社がすでに顧客に提供している価値を、チャットGPTを使ってさらに強化するというアプローチである。
一例としてインスタカートは、在宅の顧客に食料品を素早く確実に、安価で配達するという中核的な提供価値に注力することで、年間売上高25億ドルにまで成長した。同社は最近、チャットGPTのプラグインをリリースした。オンラインでの食料品注文のスピードと効率性を高め、自社の提供価値を強化することが狙いだ。
このプラグインを通じて顧客は献立の提案を受け取ることができ、気に入ったものが見つかれば、チャットGPTが新たなインスタカートの注文を作成し、必要な食材をすべて自動的に追加する。
この道筋でイノベーションを追求するには、まずは顧客の問題を具体的に設定せずに、チャットGPTを使い始めてみることだ。この思考プロセスは困難を伴うかもしれない。ほとんどのビジネス研修では、解決策の考案に時間を少しでも割く前に、戦略的な思考を持って、顧客の問題の重要性を検証するよう教えるからだ。
しかし、最初にそのような戦略的目標を設けると、むしろチャットGPTの新しく有益な用途の可能性が損なわれるかもしれない。それよりも最初は先入観を持たずに、中核機能を理解するためにツールとじっくりやり取りしてみよう。ひとたび理解できれば、人間の生来の認識力が後を引き継ぎ、自身が気づいているかもしれない何らかの関連する問題との連想が働き始めるはずだ。
たとえば、チャットGPTの中核機能の一つは、自然言語テキストの解釈と生成を行い、さまざまな質問やプロンプト、リクエストに対して人間のように応答することだ。企業はこの機能を使って、顧客とのテキストベースのやり取りを特に重視する製品や、サービスの既存機能を強化できる。
例として、製品管理ツールのノーションは現在、スペースバーを押すだけで文章生成AIをすぐに呼び出せる機能を顧客に提供している。これによりプロンプトを起動させてAIの応答を受け、それを既存のタスクやワークフローにすぐに取り込むことができる。
チャットGPTの機能が拡張を続けるにつれて、より幅広い企業や状況で提供価値をさらに強化するための使い方について、新たな可能性が生まれていくだろう。