避けられない不快な経験を受け入れる

 チームメンバーがつまずいた時、そのメンバーの仕事を肩代わりすることが最も強力なサポートだと思っていたと語るリーダーは多い。私自身も、このような思いを抱いていたことがある。しかし、バレリーが教えてくれたように、メンバーにとって、悪戦苦闘する経験には極めて大きな意義がある。

 たしかに、そのような経験は、リーダーとメンバーの双方にとって心地よいものではない。両者とも、それまでとは異なる仕事の仕方が求められるからだ。けれども、ギャラップの調査からも明らかなように、働き手のエンゲージメントを高めるためのカギを握る要素の一つは、刺激的な挑戦をする機会にある。それに、苦しい状況を乗り切ることができれば、すべての人が成長できる。

 では、どうすれば、学習に伴う居心地の悪さに抵抗するのではなく、それを受け入れられるのか。

・自分の感情に名前をつけよう。心理学者のスーザン・デイビッドによると、そうすることで物事が明確になり、レジリエンスが高まる。そして、自分の価値観に沿う形で、意識的に反応できるようになる。

・居心地悪い経験を当たり前のことと位置づけよう。神経科学の研究によれば、そのような経験をしている時にこそ、学習が実現し、忍耐心が養われるのだ。

・視点を変えて物事を見よう。たとえば、このような具合だ。「私は以前、悪戦苦闘する機会を与えられたおかげで、スキルを育んで自信を持てるようになった。だから、チームのメンバーにも同じように、自力で問題を解決するための時間をプレゼントしよう」

リスクの大きい状況と小さい状況を区別する

 リーダーたちがよく言うのは、メンバーがダメージの大きい失敗を犯して、結局は自分が対応しなくてはならなくなるケースが多く、そのせいでいつまでも実行者の役割を脱却できない、ということだ。しかし、そのようなことが起きるのは、上司が長い間、あらゆる仕事を抱え込み、不適切なタイミングで権限委譲を行わざるえなかった場合に起こることが多い。そうした状態に陥らないためには、リスクが小さく、失敗が許容できる、さらに言えば失敗が予想される局面で、メンバーに仕事を任せることが重要だ。

 では、リスクが小さいと見なせるのは、どのような状況か。それは、失敗した場合に、その人物の評判が傷つくよりも学習が後押しされるケースや、失敗してもチームや会社の成功に悪影響が及ばないケース、立ち止まったり、やり直したりしても問題がないケース、関係者が経験不足で学習途上の同僚を支援しようとしていて、思いやりを抱いているケースだ。

 どの課題が権限委譲に適しているかを判断するためには、現時点での自分にとっては容易で機械的な作業に感じられるが、チームのメンバーにとってはよい成長の機会をもたらしそうな課題がどれかと考えればよい。また、あなたのエネルギーを消耗させ、しかも自分のスキル、才能、強みと合致していないが、ほかの人たちの資質とはぴったりと合っているように思える課題を探してもよいだろう。

 たとえば、プレゼンのスキルを磨きたいと思っている部下がいるとすれば、まずはリスクの小さい課題から始めることにして、次の部内会議で進行役を務めるよう促してはどうだろう。その後、顧客とのミーティングを主導するなど、もっとリスクの大きい課題を委ねればよい。あるいは、もっと上手にほかの人に影響力を及ぼせるようになりたいと思っている部下がいる場合は、最初は新しいツールや業務プロセスの採用に関してチーム内でほかのメンバーの同意を取りつけるよう促そう。それがうまくいけば、部署全体での採用を説得するよう背中を押せばよい。

好奇心を持ち、ほかの人たちの行動を後押しする

 企業でトレーナーの仕事を始めたばかりの頃、よく言われたのは、セッションの間、私がピリピリしているように見えるということだった。ある時、私は上司に打ち明けた。セッション参加者からの質問に答えられなかったらどうしようと、不安でならないのだ、と。すると、上司はこう言った。「あなたの仕事はあらゆる問いに答えを示すことではなく、その場で人々が専門的な技能を発揮するための後押しをすることだと考えてみてはどうですか」。これをきっかけに、私の物の考え方が変わった。

 これは、トレーナーだけに当てはまることではない。リーダーも、すべての問いの答えを知っていることなどありえない。リーダーに求められるのは、忍耐強く、好奇心を持って、メンバーの学習を後押しするための本質的な問いを投げかけることだ。たとえば、「これまで、あなたはどのようなアプローチを実践してきましたか。この問題に、過去の経験を当てはめることはできませんか。この状況から何を学べますか」といった問いを発すればよいだろう。

 最後に、もう一つ。思いやりと優しさを持って行動することを心がけよう。そう言っても、努力不足や不注意によるミスを容認しろというのではない。ある課題をあなたと同じようにはできない人がいたとしても、そのことに理解を示し、それを受け入れることが重要なのだ。

 あの日、私がCEOの前でプレゼンをした時のバレリーのアプローチは、その場では心地よいものでなかった。だが、あの時、もしバレリーが助け舟を出していたら、私は想定外の質問にどのように対応すべきかを学べなかっただろうし、幹部向けのプレゼンの準備の仕方を見直すこともなかっただろう。また、プレゼンの後でバレリーが手取り足取りアドバイスを送ってくれていたら、自分らしいやり方でパフォーマンスを改善することはできなかっただろう。

 リスクの大きい局面で落ち着いてプレゼンをする能力を育むのを後押ししてくれたバレリーには、今日に至るまで感謝し続けている。また、同僚やチームのメンバーが苦戦している姿を目の当たりにしても、仕事を任せ切る勇気を持てるようになったのも、バレリーのおかげだ。このようなアプローチこそ、リーダーとメンバーの双方が成長するただ一つの有効な方法なのである。


"To Help Your Team Grow, Give Them Space to Struggle," HBR,org, July 06, 2023.