優れたリーダーはあえて部下を助けない
Catherine Falls Commercial/Getty Images
サマリー:多くのリーダーは、部下に手ごわい課題を委ねる重要性を理解しているが、実行するのはなかなか難しい。しかし、優れたリーダーは、部下から一歩下がった場所に留まり、彼らが悪戦苦闘する経験を通じて学習する機会を... もっと見るつくっている。本稿では、リーダーが権限委譲を行いやすくし、リーダーとメンバーの双方が成長するための有効な戦略をいくつか紹介する。 閉じる

悪戦苦闘する経験が成長につながる

「その売上予測と支出予測の根拠を示せますか」──CEOが私に尋ねた。私は言葉に詰まり、自分の顔が紅潮していることがわかった。心臓の鼓動が高まり、喉が締めつけられるようだった。思わず、救いを求めるように上司のバレリーを見た。バレリーは私の視線を受け止めて、穏やかな表情でこちらを見返したが、言葉を発しなかった。

 その気になれば、バレリーは言葉を挟んで助け舟を出し、私の感じていた重圧を和らげることができただろうが、そうはしなかった。そもそも私がバレリーに掛け合って、幹部チームの前でプレゼンをする機会をつくってもらったという経緯があったからだ。この日の会議の前、バレリーは会社のCEOと銀行部門のトップに対して、私がこの試練に挑戦し、彼女自身はオブザーバー役に徹すると説明していた。厳しい質問が浴びせられていた時、彼女はその役目を肩代わりするのではなく、私が自力で難しい状況を切り抜けるよう促したのである。

 最終的に、どうにかこうにかプレゼンを乗り切った。もっとすんなり対処したかったのが正直なところではあったが、それでもこの経験のおかげで、次にCEOと話した時は、もっと落ち着いて臨むことができた。

 振り返ると、バレリーはよい上司だったと思う。この時のように、私に成長の機会をたびたび与えてくれたからだ。たいていは、それほどリスクの大きい局面ではなかった。この小さな社内会議のように、出席者の誰もが私のことを未熟者だと知っていて、支えようとしてくれる場を選んでいたのだ。

 そうした時、バレリーはその場に立ち会うものの、一歩下がった場所に留まった。私が成功しようと、失敗しようと、いずれの場合においてもその経験を通じて学習する機会をつくろうとした。会議の後も、膨大な改善リストを示したりはしなかった。その代わりに、質の高い問いを投げかけてくれた。どの点を改善すべきなのかと私が自分で考えるきっかけを与えてくれたのだ。

 ほとんどのリーダーは、一般論として、チームのメンバーに手ごわい課題を委ねる重要性を理解している。メンバーの成長を促すために、そしてコラボレーションに前向きで、エンパワーメントされているという感覚を持って、高い生産性を発揮できるチームを築くために、それが必要だといわれているからだ。

 しかし、現実の職場には、対処しなくてはならない業務が山積している。そのため、この考え方を実践することが難しい場合もある。クライアントの中にも、「この仕事は私でないとできない」とか、「このプロジェクトが円滑に進まなければ、チーム全体に大きな打撃が及ぶ」などと言って、チームのメンバーに仕事を任せ切れない人が少なくない。

 また、メンバーの身になって物を考える姿勢が仕事を任せる妨げになるケースもある。メンバーが苦しんでいる姿を目の当たりにすれば、助けてあげたいと思うのは人間の自然な感情だ。しかし、見方を変えれば、そのような行動はメンバーをサポートする姿勢というより、マイクロマネジメントの姿勢のようにも思える。また、リーダーが多くの業務を抱え込んで過剰に機能すると、チームは十分に機能しなくなる。

 以下では、リーダーが権限委譲を行いやすくなるために有効な戦略をいくつか紹介しよう。

実行者からリーダーへ、マインドセットの転換

 企業で働いていた時、その会社では、業務の実行者として最も優秀な人物がリーダーに昇進していた。これはある暗黙の前提に基づいている。傑出したパフォーマンスを上げるのが得意で、報酬を得ることにモチベーションを抱く人たちが、昇進を境に、それこそ魔法のように、ほかの人たちの能力を引き出すことが得意になり、そうしたことに深い関心を抱くようになると考えられているようだ。

 しかし、こうした実行者からリーダーへのマインドセットの転換は、すべてのプロセスの中で最も難しい要素といえるかもしれない。では、自分がそのような転換を遂げやすくするために、どうすればよいのか。

・自分で物事を実行することを通じて自分がどのような見返りを得ているのかを意識しよう。達成感に伴う興奮により、あなたの体の中でたちまち神経伝達物質ドーパミンの濃度が上昇し、快感を味わうことができる。しかし、ほかの人たちが成長するのを助けるという、より大きな成果を上げるためには、その誘惑をはねのけなくてはならない。

・大切にしたい価値観を明確にすることにより、自分のリーダーとしてのアイデンティティを主張しよう。あなたのリーダーシップのスタイルを描写する際、人々に使ってほしい単語を3つ挙げてみるとよい。たとえば、「私はコントロールと切迫感と専門性によってリーダーシップを振るいたいのか。それとも、忍耐と好奇心とエンパワーメントによってリーダーシップを振るいたいのか」といった具合に考えればよいだろう。

・反射的に行動しないように、自分の示す反応を意識するようにしよう。チームのメンバーがやっていることに首を突っ込みたいという衝動を感じた時は、自分にこう問いかけよう。「そのような行動は、私の価値観、そして私が目指すリーダー像に沿っているだろうか」