
-
Xでシェア
-
Facebookでシェア
-
LINEでシェア
-
LinkedInでシェア
-
記事をクリップ
-
記事を印刷
ジョークだと思われていたテスラ、時代遅れと見なされていたマイクロソフト
──前回の記事:パーパスと利益の両立は、社会・組織・個人に好循環をもたらす(連載第5回)
──第1回はこちら
2016年初頭、私は自動車メーカーの幹部を相手に気候変動について話していた。具体的には、電化がメガトレンドとなることで、自動車業界に大きな地殻変動をもたらすだろうという話をした。だが、幹部たちは私の意見を受け入れなかった。それは遠い未来のことであり、今から気にする必要はないと。2030年までは、いやもっと先になっても、自動車業界に影響を与えることはまずないと信じていたのだ。
私がテスラを持ち出すと彼らは笑った。テスラがまともな車を量産できるとは思えないし、ましてや既存の自動車業界に影響を及ぼすなどあり得ない、と。自動車メーカーの巨人ダイムラー(現メルセデス・ベンツグループ)の元会長、エツァルト・ロイターは、テスラについて「ドイツの偉大な自動車メーカーと比べると、真面目に考えることさえできないジョークだ」と述べている。
それからわずか数年、今や誰もがテスラの背中を追いかけている。テスラの時価総額は競合他社の多くを追い抜いた。トヨタ自動車、フォルクスワーゲン、ダイムラー、ゼネラル・モーターズ、BMW、ホンダ、ヒュンダイ(ヒョンデ)自動車、フィアット・クライスラー・オートモービルズ、フォード・モーター……これらを個別に追い抜いただけでなく、この全社の合計さえ超えた。テスラはこれを、利益だけでなくパーパスを重視しながら実現したのだ。イーロン・マスクは時に気まぐれな起業家の横顔を見せることもあるが、こと気候変動に関しては、本気でイノベーションを起こし、現実的な問題解決策を生み出し、世界を変えようと真剣に取り組んでいることに疑いの余地はほとんどない。
パーパスは、新たに会社を立ち上げる起業家のためだけのものではない。マイクロソフトはかつて、時代遅れでイノベーションを起こせず、何をしても失敗すると見放されていた。それを再び世界で最も価値ある企業の1社にしたサティア・ナデラによる大変革の中心にあったのは、やはりパーパスだ。ナデラは、マイクロソフトの目的はたった1つ、すなわちテクノロジーを通して人々が自分の生活をより良くできるようにすることだと断言し、同社のあらゆる行動にパーパスを注ぎ込もうと全力を尽くしている。
彼はこのコアバリューによって、マイクロソフトの企業文化を再構築し、イノベーション精神を復活させ、テック業界がより包摂的(インクルーシブ)になるのに一役買った。イノベーション精神の復活について言えば、ナデラは同社の重点をウィンドウズOSだけに集中するのではなく、クラウドコンピューティングなど新分野にも広げることで成し遂げた。インクルージョンについては、人種と性別の両面で社内の人材を多様化させ、社員のチャンスを広げることを彼の経営哲学の重要な一要素とした。
「我々を取り巻く世界と当社が結んだこの社会契約にいつも立ち返ります」とナデラは言う。「自分の利益になることしかしないなら、存在できません(中略)。利益(が得られるの)は、周囲に大きな余剰を生み出すからです」
マイクロソフトは、NPOのジャスト・キャピタルが発表する「米国で最も公正な会社」で3年連続(2019~2021年)1位に選ばれており、環境保護と民主主義推進に向けた世界的リーダーへと変身した。同社の実例から得られる強烈な教訓は、たとえ古くさい企業であっても、自社と社会の両方にプラスになるよう改革することはできる、という点だ。過去は逃れられない運命ではない。組織のリーダーというのは、自分自身と組織の将来を主体的に決められる、かなり大きな力と自由を持っているのだ。
「地球上のすべての人と組織がより多くのことを成し遂げられるようにすることが私たちの使命、と言うからには、それはたんなる言葉では済まされません。我々の下す決断、我々のつくる製品、顧客に映る我々の姿、そうしたことすべてに宿る我々の本質の一つひとつが、その使命を反映していなければならないのです」。ナデラはCNETでそう語っている。
会社再建の背後にあるパーパス重視のモチベーション
新旧いずれの企業も、利潤追求を超える何かを通して、自社と業界を変えつつある。そこではいったい何が起きているのか──これを理解するには、結局は次のシンプルな問いかけに行き着くと思う。
「人は何のために仕事をするのか」
この質問を、ハーバード・ビジネス・スクールの教え子たちにぶつけてみると、返ってくる答えは私の質問のしかたによって大きく変わる。例えば、次のような抽象的な聞き方をしたとしよう。
「ニュースで見かけた人など、自分以外の人々、つまりその人の気持ちやモチベーションを想像するしかない他人は、何のために仕事をしていると思う」
すると学生たちはいとも簡単に答える。「おカネのためです」と。これはビジネスパーソンをマンガのように単純にとらえた見方ではあるが、一片の真実も含まれており、答えを探る出発点の仮説にはなる。経済学者のミルトン・フリードマンに言わせれば、その仮説は絶対に不可欠なものだ。彼は1970年、ニューヨーク・タイムズ紙の論説面に『フリードマン・ドクトリン──企業の社会的責任は利潤を増やすこと』と題した論説を発表し、社会にとてつもない影響を与えた。フリードマンは、企業の本分はビジネスであり、企業経営者の唯一の目的は利潤最大化であらねばならない、と主張した。社会的インパクトやその他のことなどくそ食らえ、と。
だが、私が質問のしかたを変えて「君は何のために仕事をしたいのかね」と聞くと、概して学生たちの答えはまったく違ったものになる。教え子たちはこう答える。新しいものをつくり出すことに挑戦したい。買い手に喜びと満足を与える商品・サービスを生み出したい。新しい仕事をつくり出したい。知的挑戦に満ちた人生を送るために仕事をしたい。プロとしての期待に応え、高い成果をあげるチームを築き上げ、社会にインパクトを与えたい──。
もちろん彼らだっておカネは稼ぎたい。自分の欲しいものを買うために。だが、ほとんどの人にとって、何のために仕事をするのかという問題は、利潤の最大化だけで説明できることではない。朝起きて、新鮮な気持ちで一日を始められるのは、利潤の最大化のためではないのだ。
『PURPOSE+PROFIT パーパス+利益のマネジメント』
[著者]ジョージ・セラフェイム [訳者]倉田幸信
[内容紹介]
企業の善行と利益は両立する--企業がよいインパクトを社会に与えるための戦術的方法や、こうした社会的変化によって可能になった価値創造の6つの原型、これからの投資家の役割など、ロードマップとベストプラクティスを提示。ESG投資の世界的権威、ハーバード・ビジネス・スクール教授が示す未来への道。
<お買い求めはこちらから>
[Amazon.co.jp][紀伊國屋書店][楽天ブックス]