なぜユニリーバはサステナビリティと株価を同時に追求できたのか
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サマリー:企業の社会貢献がコストと見なされる時代から、評価される時代へ。ハーバード・ビジネス・スクールで最も若くしてテニュア(終身在職権)を得た教授の一人であり、「インパクト加重会計」の旗振り役にしてESG(環境... もっと見る、社会、ガバナンス)界の権威、ジョージ・セラフェイム氏の最新刊『PURPOSE+PROFIT パーパス+利益のマネジメント』(ダイヤモンド社、2023年)から一部を抜粋し、編集を加えてお届けする。第8回は、サステナビリティ追求の成功事例として有名なユニリーバの考え方をひもといたうえで、一般の企業が囚われてきた古い考え方の問題点を示す。 閉じる

サステナビリティを追求して株価を2倍にしたユニリーバの軌跡

──前回の記事:世界に影響を与えながら利益も出したいと考える人たち(第7回)
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 前回述べたように、さまざまな人々が潜在的な利益だけをビジネスの目的とするのではなく、より大きな使命に突き動かされて進もうとする点は、当然ながら、世界的企業においても同じである。有名なのはポール・ポールマンの事例だ。彼は世界最大級の消費財メーカー、ユニリーバでCEOを務めた。同社は400を超える関連ブランドを持ち(アイスクリームのベン&ジェリーズ、洗浄製品のダヴ、マヨネーズのヘルマン、スープのクノール、その他多数)、石けんでは世界最大の製造業者である。

「解決すべき大きな難題が2つあります。気候変動と格差問題です」とポールマンは述べた。「あなたが空気を汚し、二酸化炭素を排出していると気づくその瞬間、他の誰かは死に近づいています。あなたが食べ物をムダにしていると気づくその瞬間、他の誰かは餓死しようとしています。これが我々の抱える問題です。我々はみな同じ1つの星で暮らしています。同胞たちと調和して生きる方法を見つけなければ、すべてはうまくいかないでしょう」

 ユニリーバは毎年発行する年次報告書で、社会が直面する最も困難な問題に対して同社の取り組みがどのように進んだかを詳細に報告している。世界中の人々の公衆衛生改善、環境保全、雇用機会や事業機会でのインクルージョンの推進、女性活用、その他諸々に対して同社が本気で取り組んでいることを、報告書ははっきり示している。

 同社の計画や行動は慈善活動ではない。事業の成長のためにサステナビリティ目標を利用し、その過程で自社と顧客との、そして自社と社員との結び付きを深めている。ポールマンがCEOを務めていた期間、ユニリーバの株価は2倍以上になった。まさに同社のウェブサイトにある言葉通り、「我々は成長とサステナビリティが矛盾しないことをずっと前から知っていた」のである。 

 2018年、ユニリーバのサステナビリティ目標のはるか先を行く、同社の「サステナブル・リビング・ブランド」(「持続可能な暮らしの実現」を掲げる一部のブランドで、400ほどの同社のブランドのうち、ダヴなど26のブランドを指す)は、その他のブランド群と比べて69%も速く成長した。これらのサステナブル・リビング・ブランドは、地球のためにユニリーバが犠牲にしているブランドではない。成功への原動力として同社の差別化を担う存在なのだ。

「パーパスを持つブランドが発展することは明らかで、注目に値すると思います」──2019年にポールマンの後任のCEOとなったアラン・ヨーペは言う。「パーパスはブランドに重要性を与え、そのブランドの話題を増やし、ブランドの浸透力を高めて価格弾力性を下げます。我々はそのことを強く確信しているので、いずれユニリーバのすべてのブランドが〝パーパスを持つブランド〟になると宣言してもいいほどです」

「企業の唯一の責任は利益」でよいのか

 レイニールやジャリド、ティファニー、そしてポールマンの話──業界も違えばキャリアの段階も違う人たちが、それぞれ異なる使命のために異なることをしてはいるが、その根底には人々の生活を大きく変えたいという同じ目標がある──は、なぜ私がこれほどビジネスとその可能性を愛しているかの説明になる。

 私たちの生活は、遠くへ移動することや遠くの人と会話することから、世界中の驚くべき多様な食を味わえることまで、あらゆる点で劇的に向上した。社会の飛躍的な進歩は信じられないほどだ。それらが可能になったのは、私たちがその存在さえ知らなかった問題について、ビジネス界が解決策を生み出したからだ。病気を治すことから、コーヒーの素晴らしい新テイストを開発するという単純なことまで、ビジネス界が我々にもたらした恩恵は計り知れない。

 実際には、多くの企業がたんなる利益よりはるかに大きなことを成し遂げようとしている。格差の縮小、気候変動問題の解消、貧困の撲滅など、社会問題の解決に取り組んでいるのだ。企業がそうする理由の一部は、その企業を構成する個々人が、毎朝起きたときにこう信じたいと思っているからだ。「自分は世界のために良いことをしている。たんに自分が豊かになるためだけではなく、他人のためになることをしている」と。企業がそうする別の理由は、前述した通り、それが素晴らしい収益を生む事業になる可能性を秘めているからだ。

 フリードマンは、企業の唯一の責任は利益であり、利益にのみ集中すべきで、その利益がどのように得られたかは問題ではない、という見方をしたが、これは彼のいた時代を反映したものだ。当時は冷戦構造が背景にあり、自由で開かれた市場のほうが旧ソビエト連邦の計画経済より優れている、と示すことがフリードマンの狙いだった。彼は、利益以外の何かを追求することを経営者に許すのは汚職への扉を開き、投資家を犠牲にして彼らが私腹を肥やすことになりかねないと恐れたのだ。

 おそらくフリードマンは、問題自体よりも問題解決法のほうがさらに事態を悪化させると心配したのだろう。すなわち、経営者に社会の幸福も考えて意思決定することを許せば、市場の働きを政治プロセスに変えてしまいかねない。これは中央計画経済へ向かう動きであり、政府が希少資源の分配を管理することにつながりかねず、競争や私有財産、ひいては個人の自由まで破壊される恐れがある。

 この種の懸念には共感できる。私は1980~1990年代のギリシャで育った。当時のギリシャ政府は実業界を強力に管理し、結果としてギリシャ経済と国民の幸福度に大きな損害を与えた。私はフリードマンが危惧したことの多くを目の当たりにしてきたのだ。とはいえ、フリードマンの言動の下地となった前提条件は、後に間違っていたと判明したり、あるいは前提自体が変化したりしている。

 例えば、50年前には企業の挙動は極めて見えにくく、部外者は株価を見ることくらいしか企業を調べる手段がなかった。また、世の中に貢献する企業を選びたいと考える社員や消費者がいても、その考えに基づいて何かを選択することは実質的に不可能だった。選択に必要な情報がまったくなかったからだ。今、我々は社会の中に「説明責任の仕組み」をつくりつつある(ESGの評価基準やインパクト加重会計については、本書第2章・第3章で詳しく触れる)。企業の挙動や取り組みを可視化し、調査・分析するためだ。

 こうしたデータがなかった時代、人々は「ミッション重視型の企業は利益を犠牲にしてパーパスを追求しているのだから完全市場のもとではいずれ脱落するだろう」という前提で物事を考えた。だが、適切なデータを入手できるようになった今、パーパス重視型なのに市場から脱落しない企業がたくさんあることを我々は知っている。社会に価値を生み出すパーパス重視型の企業は業績が向上し、しかも時間とともにその効果は強まる。Bコープ──NPOのBラボ(詳細は本書第2章)に認定された中小企業──からユニリーバやナチュラ・コスメティコスのような大企業まで、あらゆるパーパス重視型企業の台頭を目にするのはこのためだ。

『PURPOSE+PROFIT パーパス+利益のマネジメント』

[著者]ジョージ・セラフェイム [訳者]倉田幸信
[内容紹介]
企業の善行と利益は両立する--企業がよいインパクトを社会に与えるための戦術的方法や、こうした社会的変化によって可能になった価値創造の6つの原型、これからの投資家の役割など、ロードマップとベストプラクティスを提示。ESG投資の世界的権威、ハーバード・ビジネス・スクール教授が示す未来への道。

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