最高裁の違憲判決によってDEIの推進を止めてはならない
Illustration by Anja Sušanj
サマリー:米連邦最高裁が差別是正措置を「違憲」と判断したことで、DEIプログラムを推進する企業や団体への影響が懸念されている。だが、この判決にはDEIの活動を継続する余地が十分に残っていると、筆者らは指摘する。企業は... もっと見るいま、その取り組みを止めるべきではない。司法の影響を受けずに継続できる3つの活動を取り上げる。 閉じる

違憲判決は職場のダイバーシティを奪うのか

 米連邦最高裁は2023年6月末、大学の入学選考で黒人や中南米系を優遇する「積極的差別是正措置」(アファーマティブアクション)を違憲とする衝撃的な判決を下した。

 以前から、このような判決が下されれば、DEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)の実現を推進するビジネスが「崩壊」するといった声や、職場におけるそのような取り組みが「強烈な」打撃を受けると危惧する声があった。

 実際、この違憲判決が下されると、DEI批判がさらに強まった。ドナルド・トランプ前米大統領の上級顧問として、差別的な発言を繰り返してきたスティーブン・ミラーが設立した団体アメリカ・ファースト・リーガルは、今回の違憲判決で、「すべてのDEIプログラムは違法になった」と断言した。

 だが、少々待ってもらいたい。筆者らは、裁判所が職場におけるダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(包摂性)の取り組みを続けるための余地を十分に残したと考えている。

 たしかに、今回の最高裁判決が当てはまるのは、政府機関や大学が当事者の場合のみではなく、民間企業にもその影響が及ぶ。今回の判事たちは、高等教育の入学選考で「カラーブラインド」(肌の色を考慮してはならない)という見解を示した。そのため、然るべき事案が最高裁まで達した場合、その判事たちが民間企業の人事関連の判断に、憲法上権利が保護されているはずの人種や性別といった特性を「考慮してはならない」と判示する可能性もある。

 そのような判決が下されれば、極めて積極的に展開されてきた民間のダイバーシティ推進ポリシーほど危険にさらされるだろう。これまで十分なチャンスを与えられてこなかった過小評価グループ向けの施策が、司法によって覆されるおそれがある。その施策とはたとえば、採用や昇進の際に一定の枠を確保したり、全ての条件が同等の場合には人種や性別に基づいて決定を下すよう管理職に指示したりすることがそうだ。管理職の報酬をダイバーシティ目標の達成度と連動させることも該当する。

 だが、ダイバーシティ&インクルージョンの取り組みは、アファーマティブアクションの名の下に行われる施策をはるかに超える。たとえ司法の保守化が続いても、少なくとも3種類の取り組みは存続すると考えている。すなわち、脱バイアス活動、アンビエント(雰囲気的)な活動、普遍的活動だ。

 まず、ダイバーシティ&インクルージョンの努力をすることが、職場において無意識に抱くバイアスを減らす活動につながる。典型的な成功例として、米国の5大オーケストラのケースがある。数十年前、女性団員の割合がわずか5%だったのに対して、2016年にはその割合が35%を超えた。この劇的な変化の一因は、単純な仕組みの見直しだと専門家は指摘する。つまり、オーケストラが新規団員のオーディションをする時、応募者と審査員の間についたてを置き、応募者の性別がわからないようにして演奏を評価するようにしたことだ。

 多くの職場において、ついたてを使って採用活動をするのは現実的ではないかもしれない。だが、バイアスを取り除くために、似たような措置を講じている企業は多い。たとえば、求人広告からステレオタイプ的な表現を取り除いたり、採用面接を構造化してすべての候補者に同じ質問をしたり、昇進プロセスをより透明性が高く実力主義的なものに変えるといったことだ。無意識のバイアスに関する研修のほとんどは、機会の平等を妨げる壁を取り除こうとするものであり、今回の最高裁判決で6人の保守系判事が示した「カラーブラインド」の理念と一致する。

 第2に、個別の採用や昇進の判断は、反差別法の規制を受けるが、ダイバーシティ&インクルージョンのプログラムはアンビエント(雰囲気的なもの)であることが多い。筆者らの経験では、採用や昇進の対象者を選ぶ時に、トップが人種や性別を考慮するよう管理職に明確に指示することは稀である。その代わりに、従業員の多様性を高めるさまざまな取り組みを採用している。

 たとえば、従業員リソースグループ(ERG)の設置、メンター制度の確立、限られた大学ではなくさまざまな大学への働きかけ、保育室やフレックス勤務など子育て中の従業員に優しいポリシーを導入することなどがある。たとえ将来、「雇用主は人種や性別によって従業員の構成を調整してはならない」という最高裁判決が下されたとしても、こうした幅広いダイバーシティ推進の取り組みが対象になることはない。