変革の体験
今日、AIは企業が提供するサービスにすでに影響を及ぼしている。より優れた体験、あるいはまったく新しい体験をより迅速かつ効率的に、提供できるようになりつつあるのだ。それはスマホの予測入力に始まり、ウェブサイトのチャットボットや、ブラウザーを開いた時の検索のサジェストまで多岐にわたっている。
たとえば、コンサルティング企業のPwCはAzure OpenAIサービスによって、同社のAIサービスの拡大や調整を行う一方で、保険業界や医療業界のクライアントが生成AIの力を活用して事業を再構築するのを支援している。中古車小売業者のカーマックスは、AIによって何十万件ものカスタマーレビューを分析し、各在庫車のメーカー、モデル、年式について、買い手の参考になる重要な情報を拾い上げている。
まだ黎明期であるとはいえ、AIは従業員体験も向上させている。最近のマイクロソフトの調査では、オートメーションとAI搭載ツールにアクセスできる従業員と意思決定者の89%が充実感を覚えていた。なぜかというと、本当に重要な仕事に時間をそそげるからだという。10人中9人が、さらに多くのタスクや活動にAIによるソリューションを適用する機会がほしいと答えていた。
筆者が関わるいくつかの組織では、すでにそれが実現しつつある。カスタマーサポートやライティングの支援、データの抽出や分類といった用途で、より高度なAIが使われているのである。共通しているのは、AIによって既存のソースや情報を活用し、人々の体験を変えていることである。
新しいものを構築する
以上のステップは、筆者の同僚の言葉を借りれば「新しいもの」を使って古いことをよりよく行う段階である。だが、新しいものをどのように使えば本当に新しいことができるのだろうか。これまでとまったく違うことをするには、どうすればよいのだろうか。どのようにして顧客を喜ばせ、新しい事業ラインと、それに伴う収益を生み出せるだろうか。
これはいま、ビジネスリーダーが直面している、手強い問題である。
その答えは、まずAIを組織の中に組み込み、何度となく使うことから始まる。AIは人と組織がさらに多くのことを成し遂げる手助けをするが、私たちは「さらに多くのこと」とは何かを定義するスタート地点にいる。前に進むためには、次に何が来るかを発見できるように、状況を整える必要がある。
生成AIを使ってアイデアを入手するにしろ、リサーチを行うにしろ、効率アップのためにAIを活用する際、本当に素晴らしいのは、コンセプトや解決しようとする問題について、より深く考えるようになることである。そうした深く集中的な取り組みによって、企業が真に新しく革新的なソリューションをより速やかに構築し、雪だるま式にそのスピードが増していくことは、想像にかたくない。
セキュリティと責任あるAIを一貫して優先事項にする
AIは有望ではあるが、それを活用するために確実に言えることが一つある。AIの潜在能力は、安全策なしには十分に発揮できないということだ。テクノロジーは常に何かを加速させ、何かを可能にしてきた。AIもその点で何ら変わりはないが、管理すべき潜在的リスクがある。
どの企業であれ、「責任あるAI」の取り組みの成功は少なくとも次の3つの要素にかかっている。
第1に、献身的に関与するリーダーシップの存在(マイクロソフトでは副会長兼プレジデントのブラッド・スミスと、最高技術責任者のケビン・スコットが責任あるAI委員会を統括)が必須である。第2に、企業は包摂的なガバナンスモデルと実行可能なガイドラインを構築しなければならない。マイクロソフトもそうしている。最後に、企業は新しい技術システム、研究主導のインキュベーション、責任あるAIの原則の実施を保証するスタッフといった形で、責任あるAIに投資しなければならない。マイクロソフトでは何百人ものスタッフが、フルタイムの仕事としてこの課題に取り組んでいる。さらに同社では、責任あるAIの使用は役職にかかわらず全員共通の責任であるというマインドセットを採用している。
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AIのロードマップは、組織によってそれぞれ異なるだろう。テクノロジー企業かどうかによっても違うように見えるかもしれない。テクノロジー企業はすでに、何らかの形の知的エージェントをソフトウェア体験などに組み入れていることが多い。だが、どの企業にとってもAIの可能性は莫大であり、いまこそスタートすべき時だ。
ライドシェアがスマホを必要としたように、まだ誰も思いついていない産業が立ち上がるには、AIが必要となるだろう。ほとんどの人はAIが状況を根本的に変えることに気づいている。AIの活用はテクノロジーの領域に留まらず、人類に貢献する。そこにこそ、本当に大きな意義がある。
AI市場の動きは速く、AIとその周辺のサイクルは前代未聞のスピードで進んでいる。いま、AIを受け入れて、来るべき大きな変化に適応するビジネスリーダーには、計り知れないほどのチャンスがある。AIを活用してこの変化を主導し促進する企業には、桁外れのチャンスがもたらされるだろう。
"Build a Winning AI Strategy for Your Business" HBR.org, July 14, 2023.