
社会的インパクトを強調したがる組織が抱える問題
ITオタクの起業コメディドラマ『シリコンバレー』に、興味深いシーンがある。投資家に事業モデルを発表するピッチ大会で、起業家たちが揃いも揃って、「さらによい世界をつくる」と主張するのだ。自分たちのビジネスが人類のためになることを必死にアピールするトレンドを皮肉ったシーンになっている。
研究者らが「ソーシャルインパクト・フレーミング」と呼ぶこのトレンドは、拡大傾向にあるようだ。営利企業か否かを問わず、求人広告にも、企業のホームページにも、商品サービスの広告にも、「インパクトを与える」ことに燃える「情熱的」で「使命感あふれる」人材を探しているとある。
社会的インパクトを強調することに、メリットがないわけではない。ポジティブな変化を起こしたいという組織の真剣な思いを明らかにできるし、従業員の自尊心や有意義な仕事だという感覚を持たせて、やる気にさせることができる。
だが、2023年5月に『オーガニゼーション・サイエンス』誌に掲載された筆者らの研究では、組織が社会的インパクトを強調すると、従業員の賃上げ交渉を封じて、報酬面で不利益を被らせるおそれがあることが明らかになった。
規範に反するという感覚
筆者らは、5つの実験研究を通じてこの現象を調べた。
その結果、社会的インパクトを強調する企業や求職者は、より高い報酬を求めると、貪欲で不適切であるとみなされてしまうと考えていることが、一貫して示された。このため彼らは、報酬に関する交渉を自重した。
第1の実験では、オンライン調査プラットフォームで392人の参加者を募り、さまざまなタイプの組織のメッセージに対する反応を調べた。
まず、参加者の約半数には、社会的インパクトを強調する企業の説明文を読んでもらい、残りの半分には、より一般的な企業の説明文を読んでもらった。そのうえで、その会社から採用通知をもらった場合、示された報酬などの条件について交渉するか否か、およびその理由を自由回答で記載してもらった。
すると、社会的なインパクトを強調する企業から説明を受けた人が、雇用条件について交渉を求める可能性は、一般的な企業から説明を受けた人よりも32%ポイント少なかった。その理由として最も多かったのは、雇用条件の交渉をすることは利己的で、その会社の規範に反する行動と見なされ、採用を見送られるおそれがあるというものだった。
2つ目の実験では、438人の大学生を対象に、教育分野のスタートアップ企業でのアルバイト募集に対する反応を調べた。
まず、学生たちに、創業者兼CEO(実際にはプロの俳優)による企業説明ビデオを見てもらった。この時、約半数には、創業者が社会的インパクトを強調する内容のビデオを視聴してもらった。残りの半数には、質の高い仕事や成功に重点を置いた、より一般的な企業説明ビデオを見てもらった。
そのうえで、参加者には、その仕事について最初に提示された賃金に同意するか、さらに高い賃金を求めるか、選択する機会を与えた。すると第1の実験と同様に、社会的インパクトを強調するビデオを見た学生は、そのような条件付けをされなかった学生よりも、賃上げを交渉する可能性が43%ポイント低かった。ここでも、さらに高い賃金に関心を示せば、従業員のモチベーションに関する組織の規範に反することになるという認識が、交渉の自重につながっていた。