オフィスにささやかでも自然を取り入れることの効果
Illustration by Mary Haasdyk Vooys
サマリー:最近、ビジネス空間に自然を取り入れる動きが目立っている。自然と接することで、人間のウェルビーイングによい影響を与えるためだ。しかし、景気が冷え込み、コスト削減の圧力が高まる時代に、大規模な緑地帯や屋上... もっと見る庭園をつくるのは現実的ではない。そこで本稿では、小規模で、コストをあまりかけず職場に自然を取り込む「マイクロネイチャー」の試みを紹介する。 閉じる

グーグルも行う、職場に自然を取り入れる試み

 ロンドンで多くのグローバル企業が拠点を置く東部のカナリーワーフ地区で、いま「グリーン・スパイン」(緑の背骨)と名づけられた緑地帯の建設が進められている。この緑地帯は超高層ビルの間を縫うように整備されており、働く人たちが勤務時間に緑地にアクセスしやすい環境をつくることを目的にしている。

 また、ロンドンでは、グーグルの英国本社ビルも建設中だ。細長い建物の屋上には、全長300mの屋上庭園がつくられて、250本以上の木が植えられることになっている。ビルで働く人たちがオフィスと都会の環境から逃れて、自然に触れられる場所をつくろうというわけだ。

 米国に目を移すと、アウトドア用品大手のL. L. ビーンが自社倉庫の一つをリノベーションし、その中央のスペースを中庭に変えた。新たな本社オフィスで働く人たちが自然を眺めながら仕事ができるようにしたいと考えたのだ。

 このように、最近、ビジネスの空間に自然を取り入れる動きが目立っている。働き手が勤務時間中に自然に浸れる場所を設けることがトレンドになっているのだ。

 職場に自然を増やすことは、多くの企業が実践しているサステナビリティ関連の取り組みと一致する。しかしそれだけでなく、この種の試みは、自然が人間に与えるよい影響を活かしたいという発想に基づくものでもある。自然が人間の気分をよくする効果を持っていることは、さまざまな研究によって実証されている。人間の感情、思考、他者との関わり方、肉体的な健康はすべて、自然の中に身を置くことで改善されるのだ。

 自然に接することと人間のウェルビーイングの間に関連があることは明らかだが、職場に自然を取り入れるために大規模な投資をしようとすると、いくつかのやっかいな問題が持ち上がる。まず、景気が冷え込み、コスト削減の圧力が高まっている時代に、働き手の周囲の自然を増やすために資金を注ぎ込むことはビジネスの観点から正当化できるのか。また、緑地帯や屋上庭園の類いを設けることが不可能、もしくは現実的とはいえない職場の場合は、どうすればよいのか。

 これらの問いに答えるためには、まず、自然を取り入れることが企業の収益に重要な意味を持つ指標(従業員満足度や従業員のパフォーマンスなど)に好影響を及ぼすのかどうかを明らかにする必要がある。そして、もし好ましい影響があるのであれば、少し自然を取り入れるだけでも、そうした好ましい効果を生み出せるのかを検討すればよい。

 そこで筆者らは、「マイクロネイチャー」──小規模で、コストをあまりかけず、一見すると何の変哲もない形で、職場に自然を取り込む試み──が働き手の心理と成果にどのような影響を及ぼすのか、あるいはそもそも影響を及ぼすのかどうかを調べようと考えた。

研究によりわかったこと

 筆者らはいくつかの研究で、米国、カナダ、中国、ニュージーランド、インドネシアの働き手たちを対象に、職場における自然との接触について数値計測したり、自然と接触する状況を操作したりして、調査を行った。

 実験では、仕事中の人たちに、自然にあふれる職場の画像、もしくは自然がないのと同様の画像を見せた。そのうえで、画像の中の職場で自分が働くことを想像させ、どのように感じると思うか、そして自分がどのような成果を上げられると思うかを尋ねた。

 また、現実の職場を舞台に、さらに複雑な研究も行った。たとえば、職場で1週間の間に働き手が実際にどれくらい自然に触れたのか(植木のそばで仕事をしたり、自然が見える場所で仕事をしたり、水の流れる音を聞きながら仕事をしたり)を計測し、それをそれぞれの働き手の感情および客観的な成果と照らし合わせた。

 さらに、ある会計事務所を舞台にフィールド実験も行った。具体的には、夜の間にオフィスを訪ねて、一部の従業員のデスクには植物の植わった鉢を、別の一部の従業員のデスクには事務用品を入れた同様の鉢を置いた。その後、両方のグループの人たちの態度と成果を調べて比較してみたのだ。

 すべての研究で、結果はおおむね同じだった。職場で少量の自然に触れるだけでも、働き手たちの感情が改善されて、仕事の成果が向上し、同僚同士の助け合いが促進され、創造性が高まったのだ。これらの研究結果は、「マイクロネイチャー」を職場に取り入れれば、働き手のウェルビーイングと成果を大幅に押し上げられる可能性があることを示唆するものといえる。

 筆者らは、働き手の個人レベルの何らかの違い(人生全般で自然をどれくらい好むか、新しい経験にどれくらい前向きかなど)により、職場で自然の影響をどれくらい受けるかが変わるのかも調べた。その研究によると、一部、自然の恩恵をとりわけ受けやすい人たちがいることがわかった。しかし、職場で自然に触れることがマイナスの影響をもたらすケースは見られなかった。要するに、「マイクロネイチャー」は、ほとんど悪影響なしに、働き手に大きな好影響をもたらすと考えてよさそうだ。

 以上の研究結果をもとに考えると、できるだけ多くの働き手が自然にアクセスできるようにすべきだろう。自然にアクセスすることを、屋上庭園のあるビルや公園のそばで働ける幸運な人たちだけの特権にしてはならない。企業は、従業員に「マイクロネイチャー」を提供すべきなのだ。

 以下では、職場に「マイクロネイチャー」を取り入れるための提案をする。加えて、マネジャーたちが創意工夫を凝らして、自社に適したやり方を見出すことの重要性も指摘したい。