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従業員リソースグループの役割
従業員リソースグループ(ERG)には、組織内で共通のアイデンティティや関心を持つ、それまで過小評価されてきた労働者層を擁護するための重要な役割がある。英国では「スタッフネットワーク」として知られており、組織のインクルージョン(包摂性)を促進している。だが残念ながら、ERGの多くには、組織の関心が向けられておらず、その理念を実現するためのリソースや予算がない。以下は、筆者が個人向けのコーチングやERG向けの講演を行った際に挙がった懸案事項だ。
・信仰に基づくERGを支援する予算を追加で確保するにはどうしたらいいのか。
・なぜ私の組織はパキスタンの大洪水やトルコ・シリア地震に対するチャリティー活動を行わないのか。
・私の組織には活発な女性ネットワークがあるが、インターセクショナリティ(交差性)に焦点が当てられていない。どうすれば優先的に取り組んでもらえるか。
経費削減、文化的認識の欠如、DEI(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン)予算削減への圧力の高まりを考慮すると、多くのアイデンティティグループが直面する課題や社会的大義を実現するうえでの課題が見過ごされてしまうだろう。このような厳しい状況において、ERGのメンバーはどのように行動を起こせば、組織の関心を集め、実際に変化が起きるのだろうか。同じような課題を抱えた人々を支援してきた筆者の経験に基づき、いくつかの戦略を紹介する。
理由を明確にする
まず、あなたが達成したいことと、組織の追加サポートがあなたや仲間のERGメンバーにとってどのような意味を持つのかを明確にすることだ。
たとえば、ナディア*は、イスラム教徒の同僚のために「ウドゥ」(礼拝前に体を清めること)の場を設置したいと考え、その要求の仕方について筆者に助言を求めた。ハムザは、ラマダン期間中にイフタール(断食明けの食事)パーティを毎年開催したいと考えた。それぞれの企業には信仰に基づくネットワークがあるにもかかわらず、両社とも「特別な宗教的取り決め」をすることに消極的だった。2人とも組織の壁にぶつかった。
ある企業の女性ネットワークメンバーのアクアは、有色人種の女性向けのカンファレンスを開催したいと考えた。これは、黒人、アジア系、さまざまな民族的背景を持つ女性が直面する課題のみに焦点を当てたものだが、彼女の組織からは「すべての女性」を擁護する取り組みにしか資金は出せないと告げられた。
3人とも組織の抵抗に遭ったことは、大変残念なことであった。筆者は、彼女らに、「なぜ、これらの取り組みが自分たちにとって不可欠なのか」を考えるように勧めた。筆者が目指したのは、彼女たちが自身の要求を形にして成果を上げることだった。
アイデアに賛同してもらうためには、まず自分自身が成し遂げたいことを確認することだ。「避けたいこと」ではなく「起きてほしいこと」に基づいて考え、必要なリソース、潜在的な障害、望む結果がシステム全体にどのような影響を与えるかをじっくり検討する。目的に集中することで、当事者意識が強くなり、自身のアイデアを人に説明する際の説得力を高めることができる。以下は、ナディア、ハムザ、アクアに問いかけた質問の一部だ。
・なぜこれを望んでいるのか。どのような目的で、どのような価値を提供するのか。
・何を、どこで、いつ、誰と達成するのか。
・この成果を上げるために必要な社内外のリソースは何か。
・この成果を上げることで、あなたは何を得て、何を失うのか。
・あなたの行動計画は。
・あなたが望む成果は、システム全体にどのような変化をもたらし、その成果が得られなければどうなるのか。
・どのように進捗を監視し、課題を克服するのか。
・その成果がもたらす影響をどのように測定するのか。
これらの質問に答えられたら、ビジネスケースの作成に移る。優先順位の変化に応じて、上記を何度も見直すといい。
ビジネスケースを準備する
理由を明確にしたら、次はリーダーが論理的に主張する準備を行う。
ほとんどの組織は、「自分にとって何の得があるのか」を基準に動いている。The Incredible Power of Staff Networks, Filament Publishing, 2015.(未訳)の著者であるシェロン・インコ・タリアは、次の項目をみずからに問うことを推奨している。
・組織で何が起きているかを把握しているのか。
・職場の文化や、ビジネスが直面している問題を理解しているか。CEOの最優先事項は何か。
・前回の取締役会で何が話し合われたか。
・人事リーダーの優先事項は何か。
どのような新しい取り組みも、組織全体の目標や戦略に沿ったものにすることが重要だ。ナディアは、ウドゥ用のシンクについて論証する際に実践した。彼女は、ウドゥ用シンクを設置することが、3年以内にトップクラスのインクルーシブな雇用者になるという組織目標をいかに支えるかを明確に示した。自分の提案を大きな目標に結びつけることで、彼女はそれを推し進め、実現するために必要な支援を得ることができた。
進捗状況を測定し、定期的に追跡することは、ERGとその活動がどのように見られ、評価されるかに大きな影響を与える。説得力のあるビジネスケースをつくるために、ERGリーダーは活動の効果を測定し、取り組みに対する投資対効果を計算しなければならない。メンバー数や参加率、満足度、定着率などの指標は、最適なツールだ。取り組みの必要性と関心を立証するために、パルス調査を使ってメンバーの感情を把握し、フィードバックを求める。同様に重要なのは、ERGが確実に目標を達成し、組織に付加価値をもたらすために、必要に応じて調整を行うことだ。
最後に、ERGの活動がもたらすグローバルかつ異文化間の利益を評価することで、ビジネスケースの構築につながる。リーダーは、その取り組みが個人、職場のグループ、顧客、グローバルな組織にどのような影響を与えるのか、マクロな観点で検討できるようになる。
たとえば、ロンドン支社に勤めるサルマンは、黒人・アジア系・多民族ネットワークのメンバーであり、2022年の南アジア遺産月間にパキスタン大洪水被害者のための募金活動を始めた。しかし、ほとんど支援を受けることができなかった。なぜなら、同僚や上司がその頃、ウクライナ戦争の難民に寄付をしていたからだ。人々は自分が共感できるものや、国際的に注目される社会的大義を支持する傾向がある。
サルマンは、南アジア支店の同僚に協力してもらい、彼らの経験に基づくストーリーテリングを通じてロンドン支社の関心を集めた。大洪水がパキスタン地域で働く従業員の家族に与えた影響を知ったロンドン支社は、積極的に行動を起こすようになった。
また、ベストプラクティス企業(競合他社を含む)があなたの支持する社会的大義にどう取り組み、他社にアライアンスへの参加をどう促しているかという情報を収集し、事例を社内に共有することも役に立つだろう。ハムザは社内の支援を得るために、ラマダンの活動を成功させた類似組織の情報を集めた。
この段階で、取り組みを推し進めたいとあなたが強く思うのは理解できるが、組織に対して如才なく主張することが重要だ。他のグループとの比較や「すり替え論」を避けて、謙虚に会話に臨むと成功しやすい。自分の意見を聞いてもらったり認めてもらったりする権利を獲得しようとして、他のグループを軽視しようとしたり、対立するストーリーを語ろうとしたりすると、逆効果になり、異なるアイデンティティグループからの支持を失う。比較は、癒しにも前向きな変化にもつながらない。「これかあれか」ではなく、「これもあれも」という問題であるべきなのだ。
幹部との会話は、このように始めてみてはどうだろう。「この組織がインクルージョンを重視していることに感謝しています。私はXYZネットワークの一員であることに喜びを感じており、ポジティブな影響を実感しています。その影響に後押しされ、XYXのための取り組みを提案します」。そして、収集したデータを含め、なぜそれが組織に不可欠なのかを詳しく説明するのだ。