いまCEOであることが難しい理由

 筆者が思うに、CEOの仕事の難しさを増大させている要因は3つある。

CEOは、果てしなく続くと思われる危機的状況下で組織の舵取り役を務めなくてはならない

 コロナ禍のような世界規模の公衆衛生危機に始まり、ロシアとウクライナの紛争や米中対立の激化などの地政学的危機、さらにはインフレ、金利上昇、サプライチェーンの混乱などのマクロ経済の不確実性に至るまで、昨今のCEOは先行き不透明な中で確信を持って組織を牽引しなくてはならない。このような状況でさまざまなニーズに対処しようとすれば、社内で意見が分かれることも珍しくないが、CEOはすべての関係者に支持されない可能性があっても、最終決断を下すことが求められる。

 たとえば、アマゾン・ドットコムでは、リモートワークの継続を認めるべきか、それともオフィスへの出勤再開を義務づけるべきかをめぐり、意見対立が続いている。新型コロナウイルス感染症のパンデミックによる健康上のリスクが和らいでからかなりの期間が過ぎたが、オフィスへの出勤再開に対しては従業員の抵抗がまだ強いのだ。CEOであるアンディ・ジャシーが出勤再開を義務づける方針を打ち出すと、同社のオフィス労働者たちは、書面で請願を提出したり、シアトルの本社でストライキを行ったりして抗議した。意外にも、オフィス労働者たちの反乱は、コロナ禍の最中にも出勤を求められていた配送センターの従業員たちからも支持された。

 いまアマゾンで起きている問題が浮き彫りにしているように、危機は時に、先々まで人々の感情面に悪影響を及ぼす。コロナ禍だけではない。ロシアとウクライナの戦争も現時点では終結する気配がまったくなく、米中対立への波及も懸念されている。米国と中国の緊張がどれくらい激化し、その状態がどれくらい長引くのか、そして、この対立に巻き込まれた企業にどのような影響が及ぶのかといった点をめぐり、不安が垂れ込める状態が続いている。

 感情労働は、それがいつまでも終わらないように感じられる時、いっそう弊害が大きくなる。そして、いま多くのCEOは、まさにそのように感じているのである。

CEOが政治的性格の強い社会問題や環境問題について、公の場で発言することを求める風潮が強まっている

 今日の「CEOアクティビズム」の時代において、CEOは幅広い社会的課題に個人として関わることが求められるようになった。CSR(企業の社会的責任)について理解しているだけでは、もはや十分ではないのだ。問題は、そのように社会問題に関われば、感情面で大きな代償を払わされることだ。公の場で意見を表明すれば、CEOは危うい立場に立たされかねない。どのような立場を取るにせよ、批判を招く可能性がある。

 CEOは、多様なステークホルダーの利害のバランスを取ると同時に、自分自身と会社の評判も守らなくてはならない。この手ごわいパラドックスを切り抜けようと思えば、どうしても感情面で大きな負荷がかかる。CEO自身の個人的信念と、会社の利害、そして社外からのプレッシャーの間で折り合いをつけることは、容易なことではない。

 こうした難しい状況に対処することに失敗したCEOの一人が、ボブ・チャペックだ。2022年11月にウォルト・ディズニーのCEOを更迭された人物である。就任してまだ3年も経っていなかった。

 ディズニーはフロリダ州で指折りの大規模な雇用主であり、それゆえにフロリダ州の小学校で教師が性的指向と性自認について話題にすることを制限する州法の是非について、チャペックが立場を明らかにするよう求める声がさまざまなステークホルダーから持ち上がった。

 最初、チャペックは沈黙を貫いた。会社のロビイストたちを頼って、水面下で州法へ反対する立場を取っていたのだ。しかし、そうした姿勢に不満を抱く消費者からディズニーがボイコットの標的にされる可能性が強まり、自社の従業員からの批判にもさらされて、ようやく公の場で反対の立場を表明した。

 すると、今度は保守派から激しい反発を買うことになった。フロリダ州知事のロン・デサンティスは、フロリダ州内のディズニーの施設に対する優遇措置の取り消しに動いた。あるメディアは、チャペックの更迭を「意識高い系戦争」の結末と表現した。これは、今日のCEOたちが難しいジレンマ──それはますます、勝ち目のない状況になりつつある──に直面していることの一例にすぎない。

リーダーに対し、本当の自分を見せるよう求める風潮が強まっている

 誰もがCEOに対して、個人的なストーリーや経験を披露するなど、自分に関することをもっとオープンに語ってほしいと思っている。一面では、本当の自分を見せることにより、CEOへの信頼が高まり、事によるとCEOの感情面の負担が軽減される可能性もある。しかし、その半面、脆弱性が増し、自分の感情をむき出しにする結果、ストレスを感じる可能性もある。私的な情報、とりわけ賛否が分かれる可能性のある情報を開示すると、叩かれたり、批判を浴びたりして、感情面の負荷が増しかねない。

 CEOは、本当の自分を見せることと、公私の境界線を維持することの間でバランスを取らなくてはならない。そのためには細部に気を配らなくてはならず、それ自体が一つの感情労働といえる。

 この難しい課題に見事に対処したリーダーの一人が、マイクロソフトCEOのサティア・ナデラだ。結婚して3人の子どもがいるナデラは、企業で要職を務めながら子育てをすることの難しさについてインタビューで語り、記者たちを自宅に招いて、子どもたちに対しデジタル機器を使用する時間を制限していることや、愛犬をかわいがっていることなどを話題にしてきた。また、著書『ヒット・リフレッシュ』では、脳性マヒを患っている息子のザインについて記し、そのような境遇の子どもを育ててきた経験を通じて、リーダーとしてほかの人の身になって物事を考える能力が高まったと述べている。もっとも、2022年にザインが死去した時は、世界中で大きく報道されて、家族の私的な悲しみの時間が、公的な注目を浴びる時間に変わってしまった。

 リーダーがみずからの私的な側面を見せることは、組織に恩恵をもたらす可能性があるが、リーダーにそうした行動を期待すれば、その人物に新たな要求を課すことになる。問題は、誰もが個人情報をさらすことをよしとするわけではないことだ。気がかりなのは、この種のことを要求する結果として、優秀な人材がCEOの座に就くことを敬遠するのではないかという点だ。偉大なCEOになれたかもしれない人たちが、私生活の秘密を守れなくなることを嫌い、CEOを目指さなくなるかもしれない。