タイミングに注目する
政治の二極化により、不確実性の波は、大統領選や中間選挙のサイクルで生じるようになった。さらに、債務上限のダイナミクス(債務拡大のペースと上限に達するタイミングの予測)によって、別の波が加わり、新たなピークをもたらす可能性がある。
したがって、何よりもまず、経営者はマクロ経済環境における不確実性の波がそのピークに達するタイミングを予測しておくべきだ。
政治の動向に注目する
第2に、経営者は、党派対立や二極化の動向、そして政府と議会の連携にも注目しなければならない。米国の主要政党間の対立レベルは、いまや数値的に測定できる。たとえば、フィラデルフィア連邦準備銀行が作成した党派対立指数(Partisan Conflict Index)は、連邦議会の政治家の意見対立をほぼリアルタイムで追跡している。それを見れば、財政政策の不確実性が高まる時期を予測し、その結果に備えることができる。
多面的に分析する
第3に、経営者は以下の側面について、自社固有のシナリオに基づき徹底的な分析をする必要がある。
財政政策の不透明性が事業運営にどのような影響を与えるかを理解する。シャットダウンが起きる見通しと、米国がデフォルトに陥るという最も破滅的なシナリオは、世界経済全体に広範囲にわたる影響を与える。ただ、その影響のレベルは会社によって異なる。
資金を準備しておく。財政に制約がある政府は、基本的な公共サービスの提供から、税金の徴収や法の執行まで、さまざまな活動を縮小しなければならない。公共事業を請け負っている企業や、顧客が政府の景気対策資金に直接依存している企業は、債務上限をめぐる政治的な膠着の影響を非常に受けやすい。航空管制官や入国管理局の職員、運輸保安局の職員が出勤しなくなったら、航空業界が大混乱に陥ってしまう。そうしたことを想像してみるとよい。経営者は、このような混乱を乗り切るために、予備的な資金や融資枠を確保しておかなければならない。
政策への依存度を評価する。債務上限の引き上げ交渉の過程でなされる政治的な譲歩によって、公租公課や輸入規制、補助金、採掘権、資源の利用可能性に関する政策が変わるおそれがある。経営者はこうした政策が収益や成長見通し、そして事業の見通しにどのような影響を与えるかを見極め、その観点から政策への依存度を評価しなければならない。
債務上限危機の解決策に関する詳細を研究する。債務上限の引き上げに関する政府と議会の合意は、あらゆる業界に対して平等に影響を与えるわけではない。その内容は、政策的な立場の複雑な妥協を伴い、それが持つ意味や影響は企業によって異なる。
政策サイクルが株価や資本コストに影響を与えることを理解する。 不確実性が株価や業績予測に影響を与えることはよく知られている。ただし、その影響は、ビジネスモデルによって異なる。さらに、経済政策への支持率が影響を与えるビジネスもある。これを追跡する株価指数もあるほどだ。経営者は、政治的緊張が企業の資本コストと負債コストに与える影響を深く理解することで、こうした危機を見込み、適切な資本構成を計画できる。
経営幹部や取締役の人選を微調整する。危機の時に優れたマネジメントができる人は、平時に優れたマネジメントができる人とは異なるかもしれない。政治的な不確実性の変化に対して、すぐに経営幹部の交代ができるわけではないのだから、日頃からそれぞれのタイプのスキルを持った経営幹部を適度な割合で確保しておく必要がある。
チャンスをつかむ。不確実性が高まっている時は、採用や設備投資を全面的に控えたくなるが、これは長期的に見て最善策ではないかもしれない。政治的な交渉が行き詰まって先行きが不透明な時期は、顧客や労働者をライバルから奪う絶好のチャンスかもしれない。たとえば政府機関には、一時帰休や無給労働にうんざりしている経験豊富な職員がいるだろう。
リアルオプションの考えに基づき投資する。不確実性は、投資が比較的少なくて済む特定のプロジェクトの価値を高める。たとえば、R&D、実験、パイロット計画への投資だ。こうしたプロジェクトは通常、失敗する可能性が高いが、成功すれば、宝くじを当てたような大きな見返りを期待できる。特許、特定分野の先行者利益、あるいは新薬の発見を考えてみるとよい。選挙の年など政策の不確実性が高い年には、企業のR&Dが活発になることが研究からわかっている。したがって、バイオテクノロジーや電気自動車(EV)、風力エネルギー、炭素回収、AI(人工知能)、石油探査などの分野の企業経営者は、次のプロジェクトの種まきを検討すべきだ。それは、政策の方向性が明らかになった時に大きな見返りを期待できるものである。
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経営者は、債務上限危機を単なる政治的な攻防と軽視してはならない。これは企業の収益や成長見通し、そして不確実性に対して繰り返し、「予測可能な」影響を与える。したがって、経営者は、それぞれの危機に備えて積極的に情報を収集し、予測し、計画を立てて、資源を配分しなければならない。嵐を乗り越える準備をしながら、この政治的な膠着がもたらす機会も同時に捉えるべきなのだ。
"How Companies Should Prepare for Repeated Debt-Ceiling Standoffs," HBR.org, August 22, 2023.