社外取締役を増やすことが、よいガバナンスと言えるのか
サマリー:ビジネスパーソンはもちろん、学生や研究者からも好評を博し、14万部を突破した入山章栄氏の著書『世界標準の経営理論』。入山氏がこの執筆過程で感じたのが、世界の経営学とはまた異なる、日本の経営学独自の豊かさ... もっと見るや面白さであった。本連載では、入山氏が日本で活躍する経営学者と対談し、そこで得られた最前線の知見を紹介する。連載第9回では、慶應義塾大学の内田大輔氏に登場いただく。前編では、内田氏のコーポレートガバナンスの研究について伺ったが、後編では内田氏が考える日本企業のガバナンスのあり方や、研究者としての歩みについて掘り下げる。(構成:肱岡彩) 閉じる

ガバナンスの正解は1つではない

入山:内田先生が研究で扱われているテーマは、特に現在の日本で重要な課題だと思うんです。株主総会や男性の育児休業もそうですよね。まさに、いま日本中の会社が本当に重視しているのが、ガバナンス改革と人的資本改革です。

 現在ご研究をされていて、日本のガバナンスに対して感じていることを教えていただけますか。

内田 大輔(うちだ・だいすけ)
慶應義塾大学 商学部 准教授
慶應義塾大学商学部卒業。一橋大学大学院商学研究科研究修士課程修了、博士課程単位取得退学、2017年に博士(商学)取得。九州大学大学院経済学研究院講師・准教授を経て、2023年より現職。Journal of Managementなど国際的な学術誌に論文を発表しているほか、Mike Peng Best Paper Award (Asia Pacific Journal of Management)、日本経営学会賞(論文部門)(日本経営学会誌)、労働関係論文優秀賞(日本労働研究雑誌)など国内外で論文賞を受賞している。

内田:ガバナンスに関しては、結局どのような形がよいのか、定まっていません。つまり、会社ごとにフィットする形が違うことが、これまでの研究からわかっているんです。

 現状日本では、2015年にコーポレートガバナンス・コードが制定され、東京証券取引所プライム市場に上場している会社は社外取締役の割合を増やしています。今後は現状の3分の1から、より割合を高めて過半数を目指すというような流れになると思います。

 こうした流れは今後も続くと思いますし、それはそれでよいんだと思います。ただ、株主と経営者の関係をエージェンシー理論だけでとらえるのではなく、「Aというガバナンスの形を入れると、このような企業になりますよ」「Bというガバナンスの形を入れると、このような企業になりますよ」というあり得るガバナンスの形は、もう少しあってもいいのかなと思っています。

 エージェンシー理論の前提は、「経営者は利己的で、放っておくと株主にとってよからぬことをする」というものです。なので、「社外取締役が経営者を監督する必要がある」となります。もちろん、そういった側面がまったくないとは言いませんが、世の中の経営者が皆、そうであるわけはありません。

 ガバナンス研究には、スチュワードシップ理論というエージェンシー理論とは対極にある理論も存在します。スチュワードシップ理論では、経営者は、自分と企業を重ね合わせおり、企業のために頑張る経営者像を想定しています。そのため、企業のことをよく知っている経営者に、できるだけ経営を任せようとなります。(編注:各理論について、詳しくは『世界標準の経営理論』第6章、第35章を参照)。

 株式会社とはそもそも、株主が経営者に経営を任せることを想定した仕組みです。ただ、その任せる程度は、企業が直面する状況によってそれぞれです。さまざまなガバナンスの形態が、さまざまなステージの企業に、異なる形で機能することは、過去の研究からもわかっています。任せるのだけれども、任せっきりにしない。社会的に求められているガバナンスの形と自社が本当に必要な形、どのように折り合いをつけていくのかが大きな課題だと思っています。

入山:なるほど。『世界標準の経営理論』でもまさに、そのようなことを書いていて。ふだん私も話しているのですが、ガバナンスの問題を考える際に、現状はエージェンシー理論そのものが強く出すぎな印象です。もちろんとても大事なのですが。

 だから、内田先生がおっしゃったスチュワードシップ理論のような別の理論を、日本のコンテクスト(文脈)でとらえていくのは大事なのかもしれないですね。

内田:特定の理論一辺倒で現象を説明してしまうのは、そもそも研究の蓄積からいうと、それほど望ましいことではないと思います。いま、取締役会の役割はモニタリングと、もう1つは知識やネットワークといった資源の提供、大きく2つあると言えるかと思います。

 おそらくスタートアップに関しては、モニタリングよりも資源提供のほうが大事です。けれども、たとえば電力会社やガス会社など、インフラ系でキャッシュが豊富な会社になってくるとモニタリングが大事で、資源提供の必要性は小さいかもしれません。取締役会は企業が成長するにつれダイナミックに変わっていくものだと思いますが、そのバランスはあまり理解されていないような気はしますね。

入山:なるほど、それはありますよね。ハーバード大学にノーム・ワッサーマンというアントレプレナーシップを研究する教授がいます。彼が2006年にアカデミー・オブ・マネジメント・ジャーナルに発表した論文が私は大変好きで、『世界標準の経営理論』でも紹介しているんです(編注:詳しくは『世界標準の経営理論』659ページを参照)。その論文で、上場したてのスタートアップは、社外取締役が少ないほうが成長すると述べられています。

 私も取締役会に出ているのでわかりますけど。社外取締役って放っておくと、なんだか賢そうでつまらないことを言うんです(笑)。もちろんそれで社内に規律はできるのですが、そうすると急成長したい会社の成長は止まりかねません。

内田:スタートアップの場合、いわゆる独立した立場の社外取締役が過剰に口を挟むと、成長するものもしない可能性というのはありますね。新しいことをやるのには常にリスクが付き物です。業界についてよく知っている人であれば妥当だと思えるリスクも、外部にいる人からすれば許容できないリスクであったり。

 もちろん、よく知っている人ほど見通しが甘い可能性はありますが、成長にはリスクを伴うことを踏まえたうえで、企業ごとに必要なガバナンスの形を考えなければならないんだと思います。